世界のどこかに、海賊の隠した財宝が眠っている絶海の孤島「宝島」がある――。
児童文学の古典『宝島』です。なんとも冒険心と想像力がくすぐられます。映画『ドラえもん のび太の宝島』は、そんな『宝島』がモチーフだと聞いて納得、確かに「大長編ドラえもん」にぴったりの題材です。
それだけに期待できる反面、今まで幾度となくモチーフにされてきた物語だから「既視感があるのでは?」という不安も否めません。
児童文学の古典中の古典『宝島』と、児童漫画の名作中の名作『ドラえもん』という偉大な作品を、はたしてうまく料理できているのでしょうか。
いつもの空き地でのび太たちが出木杉くんに小説『宝島』を読み聞かせてもらっています。出木杉くんはこの物語を参考にした小説を書いているそうです。
それを聞いたしずかちゃんが「すてき!」うっとりしたものだから、のび太は悔しくて「小説なんかじゃなくて、僕らも本物の宝島に行こうよ!」と言い出しました。
それをみんなにバカにされたのび太は今度は頭に血が上って、「僕は、必ず、宝島を見つけるんだ!」と宣言しました。しかも「もし見つからなかったら鼻からカルボナーラを食べる」という約束までしました。
おや? この展開、前にもあったような……。そうです、「恐竜まるごとの化石を発掘してみせる!!」とのび太が宣言したときと同じように、また大冒険が始まったのです。
映画『ドラえもん のび太の宝島』予告編
以下、ネタバレがあります。
いろいろ不満点はあるけれど、最後まで楽しく観られる勢いがあった。というのが『ドラえもん のび太の宝島』の率直な感想です。
不満点を先に挙げると、まず「セルフパロディ感」が気になりました。「鼻からカルボナーラ」とか、原作へのオマージュなのはわかるけど、本作もほかならぬ『ドラえもん』の一つだから、結果的にセルフパロディに見えちゃいます。
原作愛か、安易な切り貼りか。それを分かつ一線を越えたシーンがあります。
「この子たちには、人の幸せを願い、人の苦しみを悲しめる、そんな人になってもらいたいわ」
映画『ドラえもん のび太の宝島』より
「あの青年は、人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ」
てんとう虫コミックス『ドラえもん』第25巻「のび太の結婚前夜」より
名作エピソード「のび太の結婚前夜」におけるしずかちゃんとパパの感動的な対話の一部を転用するのが原作愛? そんなバカな! オマージュがなんたるかを履き違えてるとしか思えません。
『ドラえもん』はSFはSFでも「サイエンスフィクション」じゃなくて「すこしふしぎ」な作品だから、のび太たちが“タケコプター”で空を飛んでいても、それを気に留めるモブキャラは一人もいません。
とはいえ長編のストーリー物ともなれば、そんな違和感がいつもの短編よりか引っかかります。
藤子・F・不二雄先生による『大長編ドラえもん』シリーズの舞台が違う時代、違う星、未開の秘境といった異世界なのは、のび太の冒険にふさわしいからだけじゃなくて、すこしふしぎな要素を物語になじませるためでもあったでしょう。
ところが『ドラえもん のび太の宝島』は、この時代、この世界が舞台だから、「物語の嘘」が悪目立ちします。
その最たるものが時空海賊を率いるキャプテンシルバーです。
彼の真の目的は「人類の存続」、その手段は「一握りの人類と、多種の動植物を地球外に脱出させる」、その動機は「人類の滅亡を確信」です。
これが至極サイエンスフィクション的なものだけに、すこしふしぎな『ドラえもん』の世界観と食い合わせが悪い。
キャプテンシルバーがシリアスに振舞えば振舞うほど「時空海賊」たる存在が滑稽に思えてきます。「お前いかにも海賊な服を着ちゃってノリノリだな!」みたいな。
タイトルで「宝島」と銘打たれたら、観客の期待が向かうは「いったいどんな宝なのかな」というわくわくでしょう。
のび太とドラえもんは紆余曲折を経て、ついに財宝の間に到着します。すると――。
映画『ドラえもん のび太の宝島』より
- ドラ
- 「すごい、金銀財宝だあ」
- のび太
- 「はぁぁぁっ、本物の宝島だよ! でも……」
- ドラ
- 「うん、違うよね」
- のび太
- 「本物の宝は、ここにはないんだ」
ところで人気漫画『ONE PIECE』も同じく「海賊の宝」を題材にしています。いったい「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」とはどんなものなのか。
一つ確実なのは、それが「家族の絆」とかいったものではないということ。これは作者の尾田栄一郎先生がテレビ番組『ホンマでっか!?』に出演したときに断言しました。
これを聞いてほっとした『ONE PIECE』ファンは多いのでは? だって長い冒険の最後が「家族が一番大事」みたいな訓話じゃがっかりします。
では『ドラえもん のび太の宝島』における「本物の宝」とはなんだったのか。それは「家族の絆」です。えぇぇぇっ。
しかもその「家族の絆」とやらを取り戻すキャプテンシルバーと子供たちの関係性に非常に大きな問題があって……。
キャプテンシルバーの正体は、フロックとセーラの父親ジョンでした。
ジョンは妻フィオナを亡くした喪失感と、人類が滅亡する未来を見た重圧で自分を見失って、フロックとセーラの育児を放棄してキャプテンシルバーになったのです。これは積極的ネグレクト。紛れもない虐待です。
しかも非のないフロックにジョンが手を上げた過去まで明らかになるのに、そんな問題を横に置いたまま「感動的」な「お涙頂戴」の和解劇が突き進みます。
映画『ドラえもん のび太の宝島』より
- のび太
- 「悲しいから……。親子なのに……パパと争うなんて、僕だったら悲しいから」
これを大人の製作者が子供ののび太に言わせているのが質(たち)が悪い。大人の都合と価値観を子供に刷り込む欺瞞(ぎまん)です。
ネグレクトや無意味な体罰を棚に上げて親子が無条件に和解することが本当に「本物の宝」なのか。虐待を受けている子供に「家族の絆」という呪縛をかけてしまっているように思えてなりません。
とまあ、ずいぶん不満点を挙げたけど、なんだかんだで最後まで楽しく観られたのは本当です。
導入パートのテンポの良さとか、ミニドラのかわいさとか、“時限バカ弾”や「ドラえもんの石頭」といったチョイスとか、“重力ペンキ”を大胆に使ったのび太の勇ましさとか、“なりきりキャプテンハット”による巧みな逆転劇とか……。
『天空の城ラピュタ』や『新世紀エヴァンゲリオン』といった既存のアニメ作品で見たようなシーンが多い点については、それらのシーンで気分が上がったのもまた事実だからなんともいえません。
ともかく藤子・F・不二雄先生の『ドラえもん』という歴史的名作の一部になる作品だから辛口の評価になるだけで、一アニメ映画としては及第です。
というわけで、映画『ドラえもん のび太の宝島』のお気に入り度は星
つです。タイトル | ドラえもん のび太の宝島 |
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監督 | 今井一暁 |
脚本 | 川村元気 |
原作 | 藤子・F・不二雄 |
出演者 | 水田わさび, 大原めぐみ, かかずゆみ, 木村昴, 関智一, 悠木碧, 山下大輝, 折笠富美子, 大泉洋, 高橋茂雄, 長澤まさみ |
音楽 | 服部隆之 |
主題歌 | 星野源「ドラえもん」 |
制作会社 | シンエイ動画 |
配給 | 東宝 |
劇場公開 | 2018年3月3日 |
上映時間 | 109分 |