アニメ『ドラえもん』の声優陣が一新される――。
そのニュースは当時のファンにとってはまさに青天の霹靂(へきれき)でした。あわせて作風なども変わっただけにディスる人も多かった、なんて話も今は昔。水田わさびさん演じるドラえもんもすっかり定着しました。
そんな新たな布陣による映画の第1作目が、『ドラえもん』初の映画として1980年に公開された作品をリメイクした『ドラえもん のび太の恐竜2006』です。
今年2020年には、ふたたび恐竜を題材にした『映画ドラえもん のび太の新恐竜』が公開されるということで、まずは本作を鑑賞しました。
スネ夫の家に集まったのは、のび太といつもの仲間たち。スネ夫が自慢げに「ティラノサウルスの爪の化石」を見せびらかしています。
なのに自分だけ見せてもらえなかったのび太は、悔しくて思わず「恐竜まるごとの化石を発掘してみせる!!」とみんなに宣言しました。
もう後へは引けません。そこからのび太の恐竜にまつわる大冒険が始まったのです。
映画『ドラえもん のび太の恐竜2006』予告編
以下、ネタバレがあります。
まず目につくのはその作画です。テレビ版の今期とも前期とも、原作絵ともちょっと違います。背景はリアルで妙に立体的なのに、人物はラフで平面的。これは好みが分かれそう。個人的には「味」として受け止めました。
作画より気になったのが序盤のペースです。悪役の黒マスクとのカーチェイスならぬタイムマシンチェイスという冒険らしい冒険が始まるまでじっくり35分もかけるのは、スローペース過ぎる気も。
タイムマシンチェイスはオリジナル版だと25分過ぎからです。マスコミがピー助の存在を嗅ぎつけて大騒ぎになる、という原作にはない展開が物語に説得力を与えてるにしても、その分テンポを上げてほしかった。
でもまあ、じらされただけあって、このタイムマシンチェイスのシーンは盛り上がります。リメイクされるまでの26年間でアニメの制作技術は格段に向上しました。スピード感も迫力も段違いに増してます。
黒マスクを演じる船越英一郎さんもいい。原作よりいやらしい顔つきになったキャラデザにハマってます。芸能人が声優を務めることに抵抗ある人でも、これは納得でしょう。
さあ、冒険の始まりだ! とその前に、ひみつ道具のレビューブログとしては、本作におけるひみつ道具の扱われ方には物申したい。
のび太が恐竜の卵の化石をよみがえらせるために“タイムふろしき”で包むと、時計の模様が写実的になって「カチコチ」と動き出す!? しかも「ジリリリリ」とベルが鳴って完了を知らせる!? なんだそれ!
確かにタイムふろしきはどれだけ時間を変化させたか分からなくて不便です。でも、それがひみつ道具ってもんです。微調整とか、安全対策とか、そういう細かいことは言いっこなしなところが魅力なんです。
“タイムマシン”にドラえもんとどら焼きとネズミが追いかけっこするメーターがついてる!? いやいや、ドラえもんはイラストのネズミだって受けつけないほどネズミを嫌ってます。
“エラ・チューブ”と“深海クリーム”を使ったときにドラえもんの説明がない!? ドラえもんが「このひみつ道具はこれこれこうで」と説明するのって『ドラえもん』の欠かせないエッセンスでしょ!
“タケコプター”の風圧で髪がなびく!? タケコプターは羽根が回転しても風が吹かない「すこしふしぎ」なものだから! のび太が離陸に失敗する!? 運動音痴なのび太でもうまく飛べるのがタケコプターの美点なの!
……。
さて、白亜紀のアメリカから遠く日本を目指す旅が始まってからは、テンポも上がるわ、現代シーンでは違和感のあった背景画も恐竜が闊歩(かっぽ)する世界にはマッチするわで、わくわく感がぐっと高まります。
親元を離れて、子供たちだけで旅をする。わくわくと不安で胸が騒ぐ。この感じ! 『ドラえもん のび太の恐竜』はこの旅情がいいんです。
そして旅といえばお泊りです。本作でも旧作でも、のび太とドラえもんで“キャンピングカプセル”に相部屋してるけど、原作だと別々なんですよね。
一人で泊まる。大人にはなんでもないことでも、子供にとっては特別の経験です。ここは原作に倣ってのび太を一人部屋にしてほしかった。
とにもかくにも、単なる「冒険活劇」じゃなくて、「ロードムービー」になってるのが本作の肝でしょう。
そしてやっぱり恐竜です。『ドラえもん のび太の恐竜2006』というタイトルなくらいだから、ここは外せません。
スター恐竜のティラノサウルスはもちろん登場。旧作におけるゴジラのような直立姿勢より、本作における前傾姿勢のほうがやっぱり格好いい。
このティラノサウルスがアラモサウルスを襲う戦闘シーンが出色の出来栄えです。重量感とスピード感という相反する要素が両立していてすごい!
――と、いたく感心したのだけど、このディティールを可能な限り排して、動きに振り切り、そしてその動きは瞬間の跳躍によって実現している作りがお気に召さなかった人も多いようです。
一難去ってまた一難。今度は翼竜との空中追いかけっこです。なんとも恐竜映画らしい見せ場で盛り上がるかと思いきや、殺伐な雰囲気になります。黒マスク率いる恐竜ハンターたちが翼竜を撃ち落とすからです。
この展開は原作どおりだけど、映像の情報量が増えたことで「無慈悲に生きものを殺す」という印象が強まりました。
なんであれのび太たちを助けたことで黒マスクの印象が黒からグレーに変わります。そんな黒マスクが、良い面も悪い面もある取り引きをのび太一行に持ち掛けます。
保身のため打算で動くか、正義のため志を貫くか。白黒をつけられない、現実的で身につまされる選択です。そこでこのジャイアンの言葉です。
「おれ……、歩いてもいいぜ、日本まで」
きれいなジャイアン
ジャイアン、かっこいい! ジャイアンのきれいな心根が垣間見えるのは『大長編ドラえもん』シリーズならでは。ここは原作より、旧作より、この『ドラえもん のび太の恐竜2006』版が一番グッときました。
クライマックスとなる恐竜ハンターとの対決では、原作と旧作では捕まったままだったしずかちゃん・ジャイアン・スネ夫も戦闘に加わって共闘する熱い展開。
こういった改変が『ドラえもん のび太の恐竜2006』にはちょこちょこあります。一番の変化は、のび太たちが恐竜ハンターどもを征伐したあと、タイムパトロールに送ってもらわないこと。
自力で日本を目指したことで、ロードムービーとしての座りが良くなりました。自己満足の改変や、ご都合主義の改変(タイマー式のタイムふろしきとかね!)はまっぴらごめんだけど、こんな改変なら納得です。
日本への到着。それはのび太とピー助の別れを意味します。そう、この冒険は、別れの旅だったのです。
『ドラえもん のび太の恐竜2006』の物語は「別れ」が通奏低音になっているから、冒険しているさなかも物悲しい予感がそこはかとなくします。これが本作を特別なものにしているゆえんでしょう。
そしていよいよ別れのときを目にすることで感情が堰(せき)を切ってカタルシスが得られる――はずなのに、ちょっと引いてしまいました。
本作における別れのシーンは、原作・旧作よりも、なにからなにまでオーバーに描かれていて、なんというか製作者の「ほれほれ、感動するでしょ? 泣けるでしょ? 泣け泣け!」という声が聞こえてきそうです。
そう考えるのは穿(うが)ち過ぎでしょうか。
『ドラえもん』のように長きにわたって愛されてきた作品は、ファンそれぞれの作品感が醸成されているから、みながみなを納得させるのはたぶん無理なことです。
特に『ドラえもん のび太の恐竜2006』はリブートしてから初めての映画作品です。公開当時のレビューで賛否が分かれているのは、一新された声優と作風にまだ慣れていない人も多かったこともあるでしょう。
水田わさびさんによるドラえもん、いわゆる「わさドラ」が慣れ親しんだ今観れば、本作が結構な佳作であることが分かります。併せて鑑賞した旧作は、さすがに古さを感じました。リメイクは必然だったと思えます。
それなら原作漫画はというと、こちらは今でも古臭くない! 藤子・F・不二雄先生の卓越した漫画表現のおかげでしょう。
『ドラえもん のび太の恐竜2006』は、「おや?」と引っかかる部分があったり、まったりねっとり濃厚なエピローグに胃もたれしつつも、なんだかんだ最後まで楽しめました。というわけで、お気に入り度は星 つです。
タイトル | ドラえもん のび太の恐竜2006 |
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監督 | 渡辺歩 |
脚本 | 渡辺歩, 楠葉宏三 |
原作 | 藤子不二雄 |
出演者 | 水田わさび, 大原めぐみ, かかずゆみ, 木村昴, 関智一, 神木隆之介, 内海賢二, 船越英一郎, 劇団ひとり |
音楽 | 沢田完 |
主題歌 | スキマスイッチ「ボクノート」 |
制作会社 | シンエイ動画 |
配給 | 東宝 |
公開 | 2006年3月4日 |
上映時間 | 106分 |