初めに個人的なことから言うと、私にとって一番の『ドラえもん』は、やっぱり藤子・F・不二雄先生による原作漫画です。これには格別の思い入れがあります。
だから「原作にはない新作の映画」と聞くと身構えてしまうのだけど、この『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』はそんな心理的ハードルをひょいっと軽快に超える快作でした。
映画『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』予告編
以下、ネタバレがあります。
しょっぱなから「ドラミちゃんがミーハーな感じで占いにハマってる」という「女の子ってこうでしょ?」みたいな先入観が透けて見えるキャラ造形をぶち込まれて、「なんだかなあ」と評価を下げたものの、すぐさまサッと手のひらを返しました。
だってドラえもんがひみつ道具を出すときにちゃんと道具名がテロップで出たから! もうこれだけで評価が爆上げです。
アニメ版『ドラえもん』でひみつ道具が登場する際の定番の演出なのに、映画作品だとあまり見かけません。ストーリー重視の長編には少々取り合わせが悪い演出なのはわかるけど、やっぱりこれがあるとひみつ道具のわくわくが増します。
このブログ『もしも道具』なんてのを運営しているくらいのひみつ道具好きなもんで、まあなおさらです。
ほかにものび太が眼鏡を外すと目が「ε ε」って感じにショボショボしたりとか、「そうそう!」というポイントがしっかし押さえられていて溜飲が下がりました。
そんな「そうそう!」は、演出面だけでじゃなくて、物語にも感じました。
未来から“タイムマシン”でのび太のもとにドラえもんがやってきたのがそもそもの始まりだから、やっぱり『ドラえもん』の花形はタイムトラベル物です。
そして『ドラえもん』におけるタイムパラドックスの解消方法は「初めから歴史に組み込まれていた」が定番です。
『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』の「モフスケは10万年冬眠したユカタンだった」というサプライズは、まさにこの「組み込み済みの歴史干渉」で「そうそう!」ポイントです。
氷漬けになっているドラえもんの石像を発見して「ああ『のび太の魔界大冒険』のパターンね」と思いきや「あれ? ドラえもん本人じゃない」と驚かせて、本命のモフスケから目をそらさせるミスリードもうまい。
藤子・F・不二雄先生による原作から引用するだけじゃなくて、ちゃんと一工夫加えてある。これが「オマージュ」といういものでしょう。
藤子・F・不二雄先生の描くSFは「サイエンスフィクション」じゃなくて「すこしふしぎ」であることは熱心なファンならご存知のとおり。
とはいえ『大長編ドラえもん』シリーズでは科学(サイエンス)的なうんちくも要所要所に織り込んで、子供たちの知的好奇心を育むことも忘れてはいません。
この志を『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』がきちんと継承していたのもまた「そうそう!」ポイントでした。「スノーボールアース」とか「カンブリア大爆発」とか「氷山生成のメカニズム」とか……。
とくにスノーボールアースについは恥ずかしながら寡聞にして知りませんでした。
そして「スノーボールアースはヒョーガヒョーガ星人が引き起こした――かもしれないし、そうじゃないかもしれない」とあえてぼかしたバランス感も好印象です。
「生命ひいては宇宙は何者かが設計した」という「インテリジェント・デザイン説」はオカルトとの親和性が高いため、今の時代、子供向け作品ではこういった配慮は必要でしょう。
そして「10万年前のヒョーガヒョーガ星を現代から望遠鏡で見る」という大オチにまんまとやられました。
「地球から見えるX光年先の星の光は、X年前のもの」は「科学的だけどすこしふしぎ」な天文学です。『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』のテイストにハマっていて、これで最初から最後まで筋が通った感じがしました。
ほかにも笑いの要素が「“ほんやくコンニャク”が凍ってる」とかの自然な流れだったり、パオパオがかわいかったり、おしなべて好印象です。
というわけで、映画『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』のお気に入り度は星
つです。ちなみに本作は、序盤が「大氷山の小さな家」(てんとう虫コミックス『ドラえもん』第18巻収録)、中盤が「地底の国探検」(同第5巻収録)がベースになっています。とくに後者は傑作なのでおすすめですよ。