地位、名誉、金品。あとどれだけ手に入れたら満足する? 人間は貪欲です。この世のありとあらゆるものを手に入れてもなお、欲望は尽きないでしょう。
けれど命は、いつか、絶対に尽きます。ならば究極の欲望とは「永遠の命」かもしれません。貪欲の極み。人間の分を超える欲望です。
「だからどうした、それでも永遠の命が欲しいんだ!」と思った折、デスクの引き出しからドラえもんが現れて、「ひみつ道具を一つだけあげる」と提案されたら……。
さて、なにを選べば不老不死になれるでしょう。
今こうしている瞬間にも、刻一刻と肉体は老い、とどまることなく死期に向かいつづけています。ならば時間を操って、その流れに逆らっちゃえ!
あれはそう、のび太が無人島へ家出したときのこと(1)。そこまで行くのに使った“タケコプター”を失って、帰れなくなってしまったのです。
それから誰にも発見されずに10年(10年!)が過ぎたころ、ようやくのび太はドラえもんによって救出されました。
のび太の失われた月日を取り戻すために、ドラえもんはのび太を家出した日へ“タイムマシン”で連れ帰って、そしてあるひみつ道具で当時の肉体に若返らせたのです。
それにしても10年もの月日をたった一人で過ごしながらも正気を保ったのび太のたくましさといったら! のび太の人並外れた生存能力を垣間見れる逸話です。
のび太を人生の伴侶に選んだしずかちゃんの男を見る目は確かだったといえるでしょう。――あれ? なんの話でしたっけ?
閑話休題、あるひみつ道具とは、時間の流れを個別に操作できる“タイムふろしき”です。
病気になったらなる前へ、ケガをしたらする前へ、そして老いたら老いる前へと肉体の時間を戻せば、若くて活力に満ちた肉体で200年ほど生きながらえます。
200年? そう、残念ながら不老不死にはなれません。
のび太は何度かタイムふろしきで若返りを遂げたけれど、記憶や意識は元のままでした。自我を保つために、脳だけは効果の対象から除外されているようです。
とすると、およそ120年から200年だと推測されている脳の寿命(2)を越えては生きられません。
ただし、この件について作中で言及されたことは一度もないので、ひみつ道具を選ぶ前にドラえもんに確認してみる価値はあるでしょう。
(1)てんとう虫コミックス『ドラえもん』第14巻「無人島へ家出」
(2)諸説あり
自分が自分であるという「自我」は、いったいなにが実体なのか。意識・記憶・心・魂?
あなたとのび太の記憶がすべて入れ替わったら、どちらが「自分はのび太だ」と認識するのでしょう。
とにもかくにも、その「自我」とやらを他人と取っ替えられるのが“トッカエ・バー”です。体にガタがくるたびに、健康な人の体へこれで渡り歩きつづければ、即死しない限りは生き永らえます。
けれど死期の見えた体をわざわざ望んで受け入れる人なんてよほどまれです。合意の交換ではなく、乗っ取りにならざるを得ないでしょう。そんな所業を許容するわけにはいきません。
己の尾を飲み込んだ蛇「ウロボロス」は、不老不死の象徴ともみなされます。人の体を乗っ取ることが許されないなら、己の体を乗っ取ればいい。
今の意識が過去の肉体に乗り移る、いわゆる「タイムリープ」を実現するひみつ道具が“人生やりなおし機”です。
これを使えば、同じ時間を延々と繰り返す、物語のジャンルでいうところの「ループもの」を地で行けます。
ロトくじの当選番号を調べておいて、多額の軍資金をゲット。将来を考える必要がないから、学校にも仕事にも行かずに、好きなことを好きなだけやれます。
ただし当然ながら、ループするたびに世界はリセットされます。ただ繰り返すばかりで代わり映えしない世界に飽きがくるのは思いのほか早いかもしれません。
やはり永遠の命は人の分を超えているのでしょう。並みのひみつ道具では不十分です。この社会で想定されていないイレギュラーな存在たる不老不死の人間になることで生じるさまざまな問題も見過ごせません。
ええい仕方がない! 最後の手段、神の力にも等しい“ウソ800(エイトオーオー)”か“ソノウソホント”だ!
この手の話に万能のひみつ道具を持ち出すのは無粋だけれども、永遠の命ともなれば、ほかに選択肢はないでしょう。
というわけで、永遠の命を手に入れたい人におすすめのひみつ道具は、ウソ800またはソノウソホントです。
ところで、我々人間の精神は、永劫の時間を生きることに耐えられるのでしょうか。不老不死なったなら、精神のあり方まで手を加える必要に迫られるように思えます。
そうやって自らの改変を重ねたあげくに行きつく境地。それがはたして本当に望んだものなのかを、不老不死になる前によくよく考えておかないと、後悔することになるかもしれません。