ぼくに勉強をさせたいなら、勉強する気になる環境の別荘を借りてくれ。そんなとんでもないことを言い出したのび太にママは怒り心頭です。
そこでドラえもんはひみつ道具の「観光ビジョン」を取り出しました。環境さえ良くなれば勉強すると言ったな! さあ勉強しろ! のび太!
ドラえもんの「観光ビジョン」は、風景を電送する3Dプロジェクターです。ダイヤル(コントロールノブ)で緯度と経度を指定すると、その地点のリアルタイムの風景と音声が3D映像で周囲に映し出されます。
どの角度からも立体に見える3D映像で現実空間を上書きするため、あたかも現地にいるかのように感じられます。もちろん、映像なので触れません。あくまで見た目と音だけです。
暖炉の炎をひたすら映すだけの動画が数千万回も再生されてる! 見せかけの環境だって価値があるわけです。しかも「観光ビジョン」は完全な3D映像だから、ディスプレイで観るのとはレベチです。
4Kリアルタイム暖炉
「何か月もかけて航行する宇宙船には、閉鎖空間におけるクルーの精神衛生を保つ一環として、地球の環境を疑似再現する機能が備わっている」なんてのはSF映画でよくある話。
それが現実と見分けがつかないくらいリアルなら、精神に与える影響も現実さながらでしょう。「観光ビジョン」による疑似環境は侮れません。
ところで、のび太が「勉強する環境云々」とか言い出したのは、スネ夫が別荘で勉強をしているから。スネ夫がわざわざ別荘を使っているのは環境のため? いやいや、骨川家の気質からして見栄を張るためでしょう。
「見栄」や「虚栄心」と聞くと印象が悪いけど、モチベになるから侮れない。でも「スタバで勉強したい!」と言う学生が、「観光ビジョン」で見せかけのスタバにした勉強部屋で満足するというと……。
かくいうのび太も勉強そっちのけでジャイアンやしずかちゃんの部屋を覗いてばかりでした。――そう、「観光ビジョン」は地球上のあらゆる場所の様子を覗き見られるのです。
のび太みたいに人のプライバシーを覗くのは駄目だけど、動植物の生態調査とかなら問題なし。現地に行くことなく、世界中のどこでもなんでも観察できます。いわば「どこでもカメラ」です。
見栄は張れないけれど、気分は味わえる。おまけに観察にも使える。いや、観察が本命か。
「観光ビジョン」を使うと周囲が3D映像で覆い隠されるので、本来の空間が見えなくなります。下手に歩けば、家具の角に足の小指をぶつけて悶絶とか、壁に突っ込んでおでこを強打とかの憂き目に遭うでしょう。
地球上の風景であれば、それがどれだけプライベートな空間だろうとお構いなしに映し出せる。そんな「悪用しろ!」と言わんばかりの無神経なひみつ道具が「観光ビジョン」です。
盗撮・盗聴し放題。個人の私生活が丸裸にされるだけではありません。見て盗める技術や情報だけとはいえ、大企業の営業秘密ですら漏洩するわけです。
相手にバレるリスクが皆無で、どこでも覗き見できるこんな物が手に入ったら、自制心の弱い人はきっと好奇心を抑えられないでしょう。
ちなみにライブ中の会場を「観光ビジョン」で映して、ライブを盗み見(しかも最前列で!)する悪用も考えられます。しかし「観光ビジョン」には音量を調節する機能が見当たりません。会場の爆音がそのまま一般の住宅で鳴ったら通報まったなし! というわけで音楽ライブの盗撮には不向きです。
「観光ビジョン」による映像送信は完全な一方通行です。こちらの情報が向こうに伝わることは、いっさいありません。
「観光ビジョン」は偵察衛星を凌駕する遠隔のスパイ活動を実現します。大国の諜報機関がこれを用いれば、未来の歴史が変わる[1]でしょう。
セワシによると「歴史の流れが変わっても、けっきょくぼくは生まれてくるよ」(第1巻「未来の国からはるばると」より)とのことなので、歴史の枝葉が変わっても、根本から覆ることはないようです。
これは「いつ、どこを覗き見れば、どの情報を得られるのか」という根本的な情報を得られる諜報機関ならではの話。一般人が「観光ビジョン」を使っても、社会を変えるのは困難です。
「観光ビジョン」は、未来予想でよく見かける「さまざまな環境を3D映像で仮想的に再現する」というノーマルな機能なのに、プライバシーをガン無視な作りのせいで用途が盗撮方面にブレてます。
バレることなく世界中のどこでも覗き見られる機械を手にして、その誘惑にあらがえる人がどれだけいるのか……。この盗撮・盗聴のツールに転用可能なことをどう捉えるかで評価が変わります。
余計な誘惑はないほうが身のためというわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、「観光ビジョン」の優先度は星
つです。