時の流れは非情です。刻一刻と肉体は老い、やがて訪れる死を誰一人として避けられません。でも、22世紀の未来からやってきたドラえもんのひみつ道具があれば……。
「若返り」という究極の夢をかなえられるひみつ道具。それが「タイムふろしき」です。
ドラえもんの「タイムふろしき」は、時間の流れを個別に操作する風呂敷です。これにくるまれたものは、そのあいだ時間が早戻り、もしくは早送りされます。
赤い面を外側にしてかぶせると時間が戻ります(新しくなる)。青い面を外側にしてかぶせると時間が進みます(古くなる)。
対象物の一部にかぶせるだけで全体に効果が及ぶ[1]ため、「タイムふろしき」(およそ1メートル四方)より大きなものにも使えます。
「タイムふろしき」でのび太を幼稚園時代の体へ戻したとき[2]、記憶や精神は元のままでした。いわゆる「魂」には作用しないと推定されます。
「タイムふろしき」の基本的な使い道は、古びたり壊れたりした物を新品に戻すことです。“新品同様”なんかじゃない、正真正銘の新品。普通に修復するのとは訳が違います。
安い中古品を新品にすれば、はなから新品を買うよりだんぜん経済的です。捨て値のジャンク品がお宝になります。
日々の生活にも出番あり。脱いだ服に使って、着る前の状態に戻す。簡単で完璧な洗濯! 食品に使って、消費期限をリセット。いつでも新鮮!
生鮮食品の時間を店頭に並ぶより前に戻せば、とれたてを食べられます。普通なら農家や漁師でなければ味わえない贅沢です。
時間の早送りも便利です。さまざまな待ち時間をスキップ! カップ麺の3分どころか、長い熟成期間が必要な果実酒だって一瞬で出来上がります。ほかにも時間の早送りで能率が劇的にアップする作業は挙げていけばきりがありません。
なかでも重要な使い道なのが肉体の復元、すなわち治療です。事故による四肢切断などの重篤な状態すら一瞬で回復します。
そして、その先にある究極の用途が若返りです。若く、活力に満ちた肉体を望む限り維持できます。病気やケガも治せるので、即死以外では死にません。
普段使いから不老(ほぼ)不死の実現まで、「タイムふろしき」の応用範囲の広さは圧倒的です。
「タイムふろしき」をどう使ってもタイムトラベルはできません。時間操作系ひみつ道具に付いて回るタイムパラドックスとは無縁です。
人間の記憶や精神、ひいては魂は「タイムふろしき」の影響を受けないので、自己同一性を失う心配もありません。
ただし「記憶」と違って「記録」は消えてしまうでしょう。記録メディアの時間が過去に戻ると、その間のデータを失うことになります。スマホやPCなどに「タイムふろしき」を使う際はバックアップが必須です。
あとは「すこしふしぎ」な『ドラえもん』の例によって、「タイムふろしき」は効果の発生条件が曖昧です。
野比家の庭の木に掛けておいたときは効果が生じなかったのに、風に吹き飛ばされて桜の木に掛かかると今度は桜の花が満開になりました[3]。
ジャイアンが「タイムふろしき」をマントのように羽織ると体全体が若返ったのに、老人の頭に掛かると髪がふさふさに、つまり頭皮だけが若返りました[3]。
差し迫まる危険性がないからといって「タイムふろしき」をぞんざいに扱うと、思わぬ結果を招いてしまうかもしれません。
人に「タイムふろしき」をかぶせて、時間を戻し続けたら――。その肉体は受精卵と精子まで戻って、あげくの果てには消滅します。
「タイムふろしき」で人体の時間を操作しても、記憶や精神からなる自己は保たれます。けれど魂の器たる肉体がなくなったら?
そうした「タイムふろしき」による“殺人”は、とても危ういものです。刺したり、首を絞めたりという感触もなく、血も死体も見ることがありません。死体が残らないから犯行が明るみに出ることもありません。
「人を殺した」という実感が湧かず、サイコパスでなくても罪悪感を覚えないかもしれません。
肉体の時間の早送りもまた恐ろしい。それはつまり急激な老化を意味します。
長い年月をかけて進行するからこそ、人は老化現象とどうにか向き合えます。もしも一夜にして老人になったら受け入れられないでしょう。失意のまま残り少ない寿命を過ごすことになります。肉体ごと消し去るより酷な仕打ちです。
「人を風呂敷で包む」という厳しい実行条件があるものの、そんなことをやろうとする悪意の持ち主なら睡眠薬でもなんでも用いて完遂することでしょう。
「タイムふろしき」を誰にも見せず、一人のときだけに使っていても隠しようのないこと。それは「永遠の若さ」です。
肉体を定期的にリブートすれば永遠の若さが手に入ります。けれど若い肉体をいつまでも維持すれば、いやでも噂になります。
たとえ隠遁生活を送ったとしても、異常な長寿が戸籍上で確認され次第、なんらかの詐称を疑われて調査が入るでしょう。
「不老」を除けば、使っている最中に直接目撃されでもしない限り、「タイムふろしき」の秘匿性は守られます。
極端な若返りや長年にわたる不老は周りに隠しようがありません。さまざまな問題が立ちはだかって、望むように生きるのが困難になるでしょう。
しかし一方で、そんな問題をものともしないであろう人たちもいます。時の権力者です。
たとえば終身支配への道を事実上切り開いた某国の国家元首。それほどの権力者なら「不老不死ですけど、なにか?」がまかり通るでしょう。それどころか超越者としてあがめられて、よりいっそうの権力を集めるかもしれません。
その命が尽きるまで最高権力者でいられるということは、「タイムふろしき」で不老化を遂げたなら終わりなき権力を手に入れることになります。「支配階級の固定化」という最悪のシナリオです。
このような強力なひみつ道具は、やはりその存在を公にしてはいけません。
「タイムふろしき」がもたらす甚大な社会的影響として想定される、もう一つの要素が死者の復活です。
のび太の体に使った事例からして、「タイムふろしき」は記憶や精神に干渉しません。そうすると亡骸の時間を戻しても魂のないうつろな肉体になるだけで、生き返らないことになります。
ところが! のび太が卵の化石の時間を「タイムふろしき」で戻すと、生き生きとしたフタバスズキリュウが孵化しました[4]。人間ではなく首長竜だから? まだ卵だったから? いったい――。
もしも死者を生き返らせることができるのなら、「タイムふろしき」は「命」という神の領域に踏み込む恐るべきひみつ道具です。
(さすがにそれはないと思うけれど)
どんな夢物語をひみつ道具で実現したって、健康じゃなきゃ楽しめないし、死んだらそこで終わりです。だからといって「お医者さんカバン」や「どんな病気にもきくくすり」を選ぶのもつまらない。
それらに比べると、治療以外にも使える「タイムふろしき」の応用範囲の広さがいっそう輝きます。「ドラえもんのひみつ道具を一つだけもらえる」という条件下でこれは大きい。
というわけで、ひみつ道具を一つもらえるとしたら、「タイムふろしき」の優先度は星。当ブログ的「欲しいひみつ道具トップ10」にランクインです。
つですこの記事の「ゆっくり解説」版
「タイムふろしき」で肉体をリブートすれば、若返ることができます。じつはのび太も一度、肉体を10年分リブートしているのをご存知ですか?
門限を破って両親に叱られたのび太が逆ギレしたあげく、ドラえもんからひみつ道具を強奪して家出したときのこと[5]。「タケコプター」でたどり着いた無人島で「タケコプター」をなくして、のび太は島から出られなくなったのです。
そのまま一人きりで暮らし続けたのび太が島から救出されたのは、じつに10年後のことでした。
ドラえもんはのび太の失われた10年を取り戻すために、のび太を連れて「タイムマシン」で10年前に戻って、「タイムふろしき」でのび太を10年分若返らせた、という顛末です。
つまりそれ以降ののび太は「見た目は子供、頭脳は大人」という江戸川コナン状態なのです! (社会との接点がまったくない無人島で一人過ごした10年なので、十分な社会性を得た、いわゆる「大人」ではないけれど)
しずかちゃんがのび太を結婚相手に選んだ要因の一つに、10年の孤独に耐えたのび太の風格があるのかもしれませんね。