のび太はスネ夫に「顔がタヌキに似ている」とからかわれて、みんなの笑いものにされてしまいました。しずかちゃんにまで笑われる始末です。
腹の立ったのび太がドラえもんにそのことを愚痴ると、ドラえもんが「復讐しよう」と物騒なことを言いながら出してくれたひみつ道具が“タヌ機”です。
ドラえもんのタヌ機は、おとぎ話に登場する「化け狸(ばけだぬき)」のように、人を化かすひみつ道具です。
タヌキに似せたこのメガネと尻尾を装着すると、こちらの脳波を相手の脳に送り込んで、思いどおりの幻を見させることができます。
「化かす」とは、心を惑わして判断を狂わせることです。つまり、いたずらしたり、陥れたりするのがタヌ機の本領なのだから、基本褒められたものではない効力です。
ときに虚像は救いの手にもなります。いわゆる「嘘も方便」です。それにしても嘘をつく側の自己欺瞞(じこぎまん)に過ぎないケースが多いでしょう。
タヌ機が見せる幻は「現実であるわけない」と疑ってもなお現実としか思えないほど真に迫るものです。あまりに強烈な幻を見せ続けると、その人を壊してしまうかもしれません。
自分をほかの誰かに見せかける幻は、さまざまな犯行を容易にします。相手の家族に化けてオレオレ詐欺を働いたり、恋人や憧れている芸能人に化けてあれこれしたり、関係者に化けて白昼堂々と不法侵入したり……。
もちろん環境の見せかけも自由自在に操れるので、地獄を見せるなりなんなりして、相手をもてあそべます。
数あるひみつ道具の中でもタヌ機はかなり悪質な部類に入る存在です。
タヌキに似せたタヌ機の奇抜な見た目は相手を化かすことでカバーできます。しかし大勢の幻を同時にコントロールするのは難しいと思われるため、一対一のときを狙って使うのが賢明でしょう。
「この世界は現実ではなく、自分あるいは何者かが作り上げた仮想現実なのでは?」
そんな妄想に取りつかれるのはよくある話。あまたの物語でもテーマにされてきました。この疑問の確実な答えを得るのは今のところ不可能です。
この現実と幻との境界線をより曖昧にしてしまうタヌ機の効力は、間違いなく人々に混乱をもたらします。仕組みが解明されてはならないひみつ道具の一つでしょう。
人に幻を見せられる者は、能力系バトル漫画なら、大抵は悪役です。それはやはり、あまりまっとうな能力とはいえないからでしょう。すくなくとも自分が化かされるのは、まっぴらごめんです。
有意義な用途もなくはないけれど、もっとストレートに役立つひみつ道具を選んだほうがいい。というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、タヌ機の優先度は星
つです。