「足が疲れてしょうがない」と、のび太はドラえもんに愚痴りました。学校でしょっちゅう廊下に立たされているせいです。そこでドラえもんがあきれつつものび太のために取り出した怪しい箱が“ゴルゴンの首”です。
「ゴルゴン(ゴルゴーンともいう)」とは、ギリシア神話に登場する怪物です。髪がヘビになっている女性で、その目を見たものは石になってしまいます。ゴルゴンは三姉妹で、その一人が有名な「メドゥーサ」です。
また「首」とは、頭部と胴体をつなぐ頸部(けいぶ)を意味するだけではなく、頸部と頭部をまとめて表す意味もあります。ゴルゴンの首における「首」は後者、つまり箱の中にはゴルゴンの頭が入っています。
ドラえもんのゴルゴンの首は、生きものを石のようにしてしまう石像の入っている箱です。
正面のスライド式の蓋をすこし開けると、「ウオ~ン」とうなり声をあげて、光線を照射します。この光線が当たった部位は石のように硬直します。痛みなどの弊害は生じません。
箱の上面から出ているヘビを「カチッ」と音がするまで引っ張ると、今度は石化が解けて元に戻ります。
箱から出た石像は、カメぐらいの速さで勝手に這い回り始めて、周りの生きものを手当たり次第に石化します。蓋を全開にしなければ、石像が自ら箱を出ることはありません。
このゴルゴンの首は人工生命体などではなく、あくまで機械です。
ドラえもんがのび太にゴルゴンの首を貸してあげたのは、学校で廊下に立たされたときに足を石化するためです。これはたしかに効果的で、どれだけ長時間立ちつづけても、のび太の石化した足は疲れませんでした。
でも、疲れ知らずだからといって、その部位を動かせないのは難点です。バトル漫画やアメコミによく登場する、体を石のように固くできる能力者は、自由に体を動かせるから攻守ともに優れているのです。
ドラえもんはゴルゴンの首を「便利なものだよ」と称したけれど、そう言い切れるほど使いこなすのは難しいでしょう。
ゴルゴンの首の光線を体全体に浴びてしまったが最後、もう指一本動かせません。コールドスリープのように肉体が保全されるわけでもなく、ただ体が硬直する。つまり餓死する運命です。
そういった不測の事態に備えるため、誰か信頼できる人にゴルゴンの首の存在を打ち明けておいたほうがいいかもしれません。しかし、現代にあってはならないひみつ道具は本来なら秘匿するべき存在なので、これは悩ましいところです。
ゴルゴンの首を箱から出すなんてはもってのほか。なにかの拍子に蓋が開いてしまわないように、取り扱いには細心の注意が必要です。
ゴルゴンの首の蓋をすこし開けた状態で固定して、光線が外に漏れるように細工したバッグに入れる。それを人込みの中で持ち歩いたら……。
ゴルゴンの首による石化は、おそらくゴルゴンの首でしか解けません。現代医学では正体不明の奇病と診断するほかないでしょう。
その気になれば誰かの体を一生涯不自由にしてしまえる、世にも恐ろしいひみつ道具です。
ヘビにカバーでもかければゴルゴンの首の外観はただの箱です。光線も日中なら日差しに紛れます。
それでもこんな恐ろしい箱、いや「匣(はこ)」を持ち歩けば、中には怪しい気配を察知する勘のいい人(いわゆる「霊感」の強い人)がいるやもしれません。
都心部でゴルゴンの首を箱から解き放てば、大きな混乱を巻き起こせるでしょう。しかしいずれは捕獲されて事態は収拾するはずです。社会的影響は限定的だと推定されます。
ゴルゴンの首のテクノロジーが流出すれば対人兵器に転用されるのは目に見えているから、なんであれ世に放つべきではありません。
光線で変化をもたらすのなら、自由に光線をオンオフできる“スモールライト”のような懐中電灯タイプが望ましかった。
危険性の高い光線を放つゴルゴンの首に限って、こんなに扱いづらい仕組みになっているところが「ひみつ道具らしさ」なのだけど、実際にもらう身としては受け入れがたい難点です。
そもそもなにか特殊な事情でもない限り、「体を石のように硬直させる」という効果は無用というもの。というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、ゴルゴンの首の優先度は星 つです。