のび太は家の古臭いラジオが嫌で、お父さんに最新型を買うようにお願いしました。けれどラジオは放送さえ聴ければそれで十分だと言われて相手にされません。
諦めきれないのび太がそのことを長々と愚痴ったところ、ドラえもんはひみつ道具の「進化退化放射線源」を出してくれました。これをラジオに浴びせると……。
現在のアニメ版では「進化退化光線銃」と呼ばれています。これは放射線被曝の風評被害を考慮した改名だと思われます。
今のところ漫画版は改訂されていません(1)。
(1)てんとう虫コミックス『ドラえもん』第8巻第170刷(2015年10月20日発行)で確認。
ドラえもんの「進化退化放射線源」は、あらゆるものを進化させたり退化させたりする波動を出す光線銃です。
進化もしくは退化させる年数をダイヤルで設定して、対象物に波動を照射すると、見る見るうちに変化します。効果が生じた対象物へさらに照射することで、際限なく進化や退化の度合いを進められます。
例えば原作エピソードでラジオを進化させたときは、まずラジオがラジカセ(ラジオ+カセットデッキ)に、ラジカセが腕ラジオ(ラジカセ+テレビ+トランシーバーのオールインワン腕時計)になりました。
ドラえもんによると「進化退化放射線源」は「生物の祖先をさぐったり、進化のゆくえをさぐるためのものだ」(2)とのこと。それだけに人間を変化させることすら可能です。
進化させたものは退化を、退化させたものは進化をさせれば元の状態に戻ります。
(2)てんとう虫コミックス『ドラえもん』第8巻「進化退化放射線源」より
本来の用途である進化生物学の研究手段として「進化退化放射線源」は間違いなく有用でしょう。しかしその研究成果を発表すれば、「進化退化放射線源」の存在も明るみに出ます。
時を越えるという禁忌を破って22世紀の未来から現代にもたらされたひみつ道具を公にするわけにはいきません。活用方法は個人的な範囲にとどめるべきです。
個人的な用途となると、やはり家電をはじめとする身の回りの道具を進化させることでしょう。
「ひみつ道具」とは要するに未来の道具です。つまり! 進化させた道具はすなわちひみつ道具だといっても過言ではありません。これは「ドラえもんのひみつ道具を一つだけもらえる」という条件下において、とりわけ貴重な特性です。
どのような進化を遂げたって、基本的には現状より優れものになります。
進化させたら現代にはまだ存在しない規格に替わって、使いものにならなくなった! なんて場合も問題なし。簡単に元へ戻せます。
ほんのすこし進化させて、型落ちの製品を新型にするだけだって十分すぎるほど実用的です。
退化させるのもまた一興。高値で取引される年代物は多くあります。身近なものが、お宝に化けるかもしれません。
のび太が面白半分でネズミを退化させつづけた結果、大きな恐竜に変化して大騒ぎになりました。「進化退化放射線源」を生きものに使う際は注意が必要です。
そしてなにより危惧されるのは、「進化退化放射線源」を狙った組織に暗殺されること。というのも、未来の兵器は世界のパワーバランスをも覆すからです。
「進化退化放射線源」の存在を知られたが最後、略奪されて口封じに殺されるかもしれません。手に入れたことを絶対に知られてはならないひみつ道具です。
人間を延々と退化させつづければ、しまいには単細胞生物になるはずです。これは個人としての消滅を意味します。そうやって誰かを消し去るのは、もちろん許されざる悪行です。
失われた過去のものや、まだ見ぬ未来のものはとても人目を引きます。それが生きものならなおさらです。人前では「進化退化放射線源」を使わないのはもちろんのこと、進化や退化させたものも人にうかつに見せない注意が必要です。
前述したように、未来の兵器は現代の世界平和に脅威を与えます。
主要国の戦力がかろうじて拮抗していることが抑止力になっている現代に、はるか未来の戦略兵器を配備した新興国が台頭したら、世界情勢がひっくり返ります。
過激派組織などの悪意ある団体の手に「進化退化放射線源」が渡ったら目も当てられません。大多数の人が望まぬ形の革命が起こるでしょう。
もちろん医療の発達など、世界平和に寄与する面もあります。しかし自国第一主義がはびこるこの世界で「進化退化放射線源」が平和のためだけに運用されることなんて、「ひみつ道具をもらえたら」と同じくらいの夢物語に思えます。
もしもドラえもんから「進化退化放射線源」をもらったら、とにかくなにがあっても人に知られてはいけません。
そして究極の使い道は、新たなる知的生命体を生み出すことです。ドラえもんとのび太は火星のコケを進化させて「火星人」を誕生させました(3)。
もちろん地球の動植物だって知的生命体へと進化させられるでしょう。我々人類の時代が終わります。
(3)てんとう虫コミックス『ドラえもん』第13巻「ハロー宇宙人」。
「進化退化放射線源」はとても夢のあるひみつ道具です。たとえばコミュニケーションロボットを進化させたら、ドラえもんと同世代のロボットになるでしょう!
世界の平和を脅かす危険性もはらんでいます。けれど「進化退化放射線源」という存在はあまりにも荒唐無稽すぎて、情報機関の諜報活動の網にかからないようにも思えます。
見せびらかすような真似をしない限り、これの存在を確信されることはないのでは? (この考えはあまりに楽観的でしょうか)
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、「進化退化放射線源」の優先度は星
つです。ちなみにこれと同様の結果を期待できる「タイムシーバー」は、22世紀の古道具屋を仲介するため、兵器などの危険性の高い交換は制限されると推定されます。
そうした安全性がある反面、使用履歴が未来に筒抜けになる欠点もあります。
また「きこりの泉」と「デラックスライト」という、未来のものにはならない代わりに、より現実的に上質なものになる安定感が利点のひみつ道具もあります。
これらと「進化退化放射線源」は甲乙つけがたくて悩ましい。僅差で「進化退化放射線源」が勝るように思えて「ドラえもんのひみつ道具で欲しいものランキング」に入れました。
あなたなら、この中でどれを選びますか?