今度の運動会で行う二人三脚のペアを決めるクジ引きで、のび太とジャイアンが組むことに決まりました。どうしても一位をとりたいジャイアンは、足の遅いのび太とのペアを解消したくて、「おまえ、運動会の日やすめ」とのび太を脅かしました。
それですっかり意気消沈したのび太のためにドラえもんが出してあげたひみつ道具が“人間機関車セット”です。
ドラえもんの人間機関車セットは、足が速くなるひみつ道具です。
蒸気機関車の煙突を模した本体を頭にかぶってから、付属の石炭(美味しい)と水を飲み食いすると、ヘソの辺りが熱くなってきて、活力がみなぎります。そしてものすごい速さで走れるようになります。
ただし一度弾みがつくと自分の意志では止まれません。終点を示す駅名標に遭遇するなど、鉄道が停止するシチュエーションになると足が止まります。
走っているあいだは煙突から蒸気が噴き出し、「シュッポ🚂シュッポ🚂」と蒸気機関車さながらの音まで鳴り響きます。
付属の石炭と水の成分は不明。水というごく簡単に入手できるものまでわざわざ付属している点と、あえて「セット」と銘打たれている点から、現存する石炭と水とは違う、特殊な物だと推定されます。
ドラえもんからもらえる人間機関車セットには、10回分の石炭と水が付属しているものとします。また効果の持続期間は、頭から煙突を外すまでとします。
速く走れるのに越したことはないけれど、さりとて大人になると日々の生活で全力疾走する場面なんてめったに訪れません。子供の頃みたいに、足が速いだけで一目置かれたりもしなくなります。
足の速さが活かせる仕事や趣味をもっていても、制御が難しくて止まることすらままならないのでは役立ちません。
なんにせよ、蒸気を噴き出す煙突を頭に着けなくてはならない以上、その見た目が許容される特殊な場面でしか使えないのだから、人間機関車セットの出番はほとんどないでしょう。
猛スピードで走るのに、一度弾みがつくと自分の意志だけでは止まれないのは致命的です。固い壁にぶつかったり、長い階段を転げ落ちたり、車両にひかれたり……。人間機関車セットで走り出すと命を失う事故になるおそれがあります。
一応最終手段として、頭から煙突を外せば止まれます。しかし肉体本来の限界をはるかに超えた運動中にその効力が突如なくなったら、肉体は悲鳴を上げ、腱(けん)は断裂し、関節は脱臼して、ものすごい勢いで吹き飛ぶように転倒するでしょう。
人間機関車セットは命知らず専用の危ないひみつ道具です。
自分で使って誰かに猛烈なタックルをかますにしても、なんの説明もしないで人に使わせて事故を起こさせるにしても、そうした悪事に使うには、人間機関車セットはあまりにも目立ちすぎます。
すぐに足がつくようでは悪用向きとはいえません。
「頭にかぶった煙突から蒸気を吹き出しながら超人的なスピードで走る人」という字面でもすでに随分なインパクト。こんな人が現実にいたら秘匿性のかけらもありません。
身体能力を一時的にブーストするのは、現存するドーピングの延長線上にある技術だと推量されます。また走力の制御がままならない点からは不完全な技術であることもうかがい知れます。
22世紀の未来で作られたにしては人間機関車セットはどうにもおそまつで、現代社会に革新をもたらすには至らないでしょう。
欠点をほったらかす大雑把さはひみつ道具の魅力の一端です。それでも実際に使うことを考えると「自由に停止できない」という人間機関車セットの欠点は受け入れられません。
需要のある効力なだけにもったいない。水底を疾走できる“快速シューズ”が素直な作りだっただけに残念です。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、人間機関車セットの優先度は星
つです。