のび太がママのお金をこっそり持ち出そうとしています。人気漫画『ベルデカ』の単行本を買うのにお金が足りなかったのです。
お金のしまってある引き出しを開けようとしたそのとき、鬼の形相をしたママに見つかって叱られたのは、のび太にとって幸いなことです。
でものび太にはまだそのありがたさが分かりません。逆ギレたあげく、本当に悪者になってやると息巻いて、ドラえもんの“四次元ポケット”に手を突っ込んで悪のひみつ道具を求めました。
そしてその意思を読み取った四次元ポケットは、のび太の手に“悪魔のパスポート”をつかませたのです。
ドラえもんの悪魔のパスポートは、どんな悪いことをしても許される、究極の贖宥状(免罪符)です。
犯行自体は隠滅されません。あくまで「悪魔のパスポートを提示された人が、提示した人の犯した罪を許す」だけです。
物騒なひみつ道具には、“独裁スイッチ”のように実際は教育用で安全なものと、“呪いのカメラ”のように正真正銘の凶悪なものがあります。悪魔のパスポートは後者、文字どおり悪魔的なひみつ道具です。
『007』シリーズのジェームズ・ボンドが持っている「殺しのライセンス」をも上回る、「犯罪のライセンス」です。殺人だけではなく、あらゆる犯罪が免責されます。
その恐ろしさゆえにドラえもんは悪魔のパスポートを焼き捨てるつもりでした。そんな代物をなぜ持っていたのかはさておき、たしかに一刻も早くこの世から消し去るべきでしょう。悪行を肯定するひみつ道具に有用性なぞ微塵(みじん)もないのだから。
多かれ少なかれ、人は誰しも心に闇を抱えています。普段は善良な人だって、悪魔のパスポートを手にしたらどうなるか分かりません。
なにをしても許される――。そんな悪魔のささやきにいざなわれて、自分も知らなかった内なる暗い欲望が鎌首をもたげ、心が闇に覆われる。そして人であって人でない悪魔のような「ヒトでなし」になってしまうかもしれません。
「自分だけは大丈夫」なんて考えは、たいてい思い上がりです。数あるひみつ道具の中からあえて悪魔のパスポートを選び取ったそのときに、もう悪魔の誘惑に負けているのです。
またこの世には、悪魔のパスポートを手に入れるためなら、その所有者を殺すこともいとわないような悪人がごまんといることでしょう。悪魔のパスポートの存在を知られたが最後、命はないといっても過言ではありません。
人の尊厳を踏みにじるようなおぞましい悪行だろうとなんだろうと許される。悪魔のパスポートは、その名のとおり悪魔のひみつ道具です。
ただし悪魔のパスポートの効果はその場逃れに過ぎません。犯行の事実が残る限り、関係者は新たに増え続けます。当然彼らは警察に通報するでしょう。捜査が始まれば、悪魔のパスポートをもってしても事態の収拾は困難です。
あとから第三者に犯行を知られないように隠蔽工作を徹底しないといけません。
その点で、被害者ただ一人に提示すれば済む親告罪(被害者による告訴がなければ起訴できない犯罪)はあつらえ向きです。
なにはともあれ、たとえ悪魔のパスポートで免責されようとも、悪行が悪行であることは変わりありません。ヒトでなしとは文字どおり人ではない外道です。人であり続けたいのなら、ドラえもんに倣って焼き捨てるべきです。
悪魔のパスポートを提示された人は、無条件で罪を許します。「なぜ許したのか」という疑問を抱くことはありません。
それは周りから見ればおかしなことです。ことによっては警察に通報する人もいるでしょう。
悪魔のパスポートを使っても、悪事を働いた事実は消せません。無闇に蛮行を重ねれば、すぐに悪名が広まるでしょう。
基本的に1対1で使うことが前提となる悪魔のパスポートは大規模な犯罪に不向きです。それでも慎重に少しずつ計画を進めれば、社会を揺るがす大事件にまで発展させられるしょう。
勝てば官軍、負ければ賊軍。仮に政権を掌握するまでに至る文字どおりの革命を成したなら、重ねた罪も正義だったと錯覚されるかもしれません。
犯罪に転用できるひみつ道具は数あれど、はなから悪行のためにあるやつはほんの一握りです。その中でも悪魔のパスポートは群を抜いてたちが悪い。こんな代物を手にしたら、気づいたときには手を血に染めているかもしれません。
悪魔のパスポートを欲する悪人に寝首を掻かれるリスクもあるし、とにかくろくなことにならないのが目に見えています。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるとしたら、悪魔のパスポートの優先度は星
つです。この記事の「ゆっくり解説」版