2学期の始業式を迎える朝、のび太は珍しく早起きしました。しかも夏休みの宿題を全部終わらせてあるばかりか、登校まで時間があるからと予習を始めます。
その様子を見ていたドラえもんは、のび太のくせに調子よくいきすぎだ、ひょっとするとこれは夢なんじゃないかと言い出しました。するとそのとき――。
ここからひみつ道具の“うつつまくら”を巡る、のび太の奇妙で長い一日が始まったのです。
「うつつ」とは、現実または正気のこと。漢字で書くと「現」(表外読み)です。うつつを含む熟語の「夢うつつ」は、夢か現実か区別のつかない状態を表します。
ひみつ道具のうつつまくらは、夢と現実を取り替える枕です。
この枕を使って寝ると、そのときに見た夢の世界がそのまま現実となります。そして元の現実は夢だったことになります。また、就寝前に本体側部のダイヤルを操作することで、見る夢を自分の都合よく変えられます。
ゆうに千個を超えるひみつ道具の中で、もっとも異色な存在。それがこのうつつまくらです。
その理由は原作エピソード「うつつまくら」(第5巻収録)のオチに関わるため、これから先はネタバレになるのでご注意ください。
うつつまくらが異色たるゆえんは、のび太の夢の産物だからです。うつつまくらで夢から夢へと渡り歩いたのび太がたどり着いた真実は「うつつまくらとそれに関するすべてが夢だった」という現実でした。いわゆる「夢オチ」です。
ただし、すべてが夢だったと簡単には断言できない余白が残されています。うつつまくらは本当にのび太の夢の産物だったのか。その余白が、うすらぼんやりとした怖さを感じさせる傑作エピソードです。
当サイトにおける見解は「うつつまくらは存在しない」です。夢と現実が入れ替わったことは使用者しか知覚できないはずなのに、なぜかドラえもんが常に状況を把握していることが根拠です。
ちなみに『ドラえもん最新ひみつ道具大事典』では、このエピソードを「ひみつ道具が登場しない回」として紹介しており、うつつまくらをひみつ道具としてカウントしていません(1)。
(1)同書における藤子・F・不二雄先生の役割はあくまで監修にとどまるため、作者本人によって正解が明示されたわけではありません。
うつつまくらはのび太の夢の産物であるとして、当サイトでは「もしもドラえもんのひみつ道具を一つだけもらえるとしたら」の選択肢から除外します。
仮にうつつまくらが選択肢にあったとしても、夢と現実との区別がつかなくなって、ついにはある種の解離性障害を発症しそうな危うさを感じて食指が動きません。