足の遅いのび太は草野球で出塁しても、いつも次の塁でアウトをとられてしまいます。だからといってリードすると、今度は牽制球でアウトになる始末です。
それでチームメイトから袋叩きにされたのび太を不憫(ふびん)に思ったドラえもんが、取り出したひみつ道具が“しゅん間リターンメダル”です。
ドラえもんのしゅん間リターンメダルは、特定の場所へ瞬間的に移動できるメダルです。
直径3cmほどの球体を半分に分けた形で、ボタンがついている「A」と、ついていない「B」のペアになっています。
Aを身につけている人がそのボタンを押すと、Bの置いてある場所へ一瞬で移動します。AB間の有効距離は最大で100メートルです。
この効力は空間を飛び越える「瞬間移動」ではなく、目にもとまらぬ「超高速移動」だと、作中の描写(1)から推定されます。つまり、閉ざされた空間への出入りはできません。
(1)ドラえもんがしゅん間リターンメダルを磁石の一種だと説明している点と、移動経路を示すスピード線が描かれているコマがある点を参照。
超高速による移動といえば、アメコミヒーローなら『X-MEN』のクイックシルバーや、『ジャスティス・リーグ』のフラッシュです。彼らの活躍ぶりを見れば分かるとおり、超高速移動はチート級の能力です。
でもそれは自由自在に動けてこそ。あらかじめ決めておいた場所へ移動するだけ、しかも100メートルまでという制限つきでは話が変わります。
そのうえ現代の常識では説明できない超高速移動を人前で発動するのはご法度です。
そんな限られた条件の中で、いったいなにができるでしょうか。
しゅん間リターンメダルの活用方法に頭を悩ますくらいなら、はなから“どこでもドア”やら “E・S・P訓練ボックス”やらを選んで、素直に瞬間移動したほうがよっぽど有益というものです。
しゅん間リターンメダルを使ったのび太は、目にもとまらぬ高速で移動したにもかかわらず、髪の毛一本すらそよぎませんでした。
超高速移動による作用と反作用は謎の力で打ち消されているようなので、使用者の体や、周囲の環境に対する影響は心配ないでしょう。
懸念材料は、到着地点となるBメダルが小さくて軽いことです。置き方によっては、なにかのはずみでどこかへ転がってしまいます。無造作に設置すると、思わぬ痛い目に遭うかもしれません。
たった100メートルの超高速移動でも、市街地で姿をくらますには十分です。忽然(こつぜん)と姿が消えうせたら、追跡しようがありません。
これは犯行後の逃亡に使えと言わんばかりの効力です。
漫画やアニメに登場する怪盗のように美術品を盗んで魔法のように消え去る……。そんな芸当も実現します。
とはいえ、それなりに高いリスクを伴います。犯行現場に直接赴くこともなく目的の物を盗み取れる“とりよせバッグ”とは比べものになりません。
怪盗として世間を騒がすことで自己顕示欲を満たし、犯行のスリルに酔いたいという愉快犯でもなければ、しゅん間リターンメダルを悪用するまでもないでしょう。
目の前で人がパッと消えたら、誰だって度肝を抜かれます。そして繁華街はあらゆる場所が防犯カメラで撮影されています。
Bメダルを設置する場所と、超高速移動を発動するタイミングを誤れば、しゅん間リターンメダルの存在を暴かれるのは時間の問題です。
しゅん間リターンメダルの超高速移動は自由度が低すぎて、なにかを成し遂げるには不十分です。
超高速移動は瞬間移動とはまた違う魅力がある能力です。「バトル漫画に登場するような能力者になれるとしたら、どんな能力がいいか」と妄想するなら、超高速移動は有力候補の一つでしょう。
それだけにしゅん間リターンメダルは惜しい。でもそんな不完全さがひみつ道具の魅力の一端でもあるから、四の五の言っても始まりません。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、しゅん間リターンメダルの優先度は星
つです。