チープなおもちゃの拳銃なのに、百発百中の腕前を見せたのび太にドラえもんはたいへん驚きました。のび太にも取り柄があったのです。
自分が西部開拓時代に生まれていたらガンマンとして歴史に名を残していた、とうそぶくのび太のために、ドラえもんが一肌脱いで取り出したひみつ道具が“空気ピストルの薬”です。
ドラえもんの空気ピストルの薬は、液状タイプの“空気ピストル”です。
弾丸を模した容器に入っているこの液体を指先に塗って乾かします。それから「バン❗」と発声すると、空気の塊(かたまり)を指先から発射します。
弾丸は指1本につき1発装填されます。
人に命中した際の威力はドラえもんによると「気絶するけど、傷つける心配はぜったいにない」(1)とのこと。
(1)てんとう虫コミックス『ドラえもん』第12巻「けん銃王コンテスト」より。
のび太は同級生たちを集めて、空気ピストルの薬を使ったバトルロイヤルで町一番のガンマンを決める遊びを開催しました。
そんなの絶対面白いに決まってる! でも、現代の科学技術では考えられないこんな代物をいったいどう説明する?
時を越えるという禁忌を犯している以上、むやみやたらに公にはできません。みんなで遊ぶために明かすなんて軽率過ぎます。
さりとて一人で射撃を楽しむだけでは空気ピストルの薬の特性を活かせません。
そうなると残る用途は護身です。暴漢を素手で一瞬のうちに気絶させられます。しかもケガをさせないから過剰防衛に問われる心配もありません。
ところが空気ピストルの薬には「暴発」という重大な欠点があって――。
空気ピストルの薬の発動条件は「バン」と発声すること。この際、文脈はいっさい考慮されません。のび太は「晩ごはんまだ?」と言ったせいで、ママを撃ってしまいました。
空気ピストルの薬を塗ったまま生活すれば、暴発は免れません。自衛のためにあらかじめ塗っておく、といった使い方は危険です。
ドラえもんは「傷つける心配はぜったいにない」と断言したけれど、それは空気ピストルの薬の使用者に悪意がないことを前提にした話でしょう。
もしも急な階段にいる人を撃ったら? バイクに乗っている人を撃ったら?
空気の弾は目に見えません。もちろん防犯カメラにも映りません。貧血かなにかで急に失神した不幸な事故として処理されることでしょう。
空気ピストルの薬は、まごうかたなき「武器」です。みだりに人を撃ってはいけません。
空気ピストルの薬を塗っても見た目はなにも変わりません。そして発射する弾は空気の塊という目に見えないものです。
よほどあからさまな使い方をしない限り、その存在がバレることはないでしょう。
近距離にいる人を気絶させられるだけで、いったいなにを成し遂げようというのでしょうか。
空気ピストルの薬は一撃で人を気絶させる危険な効力があるにもかかわらず、暴発を防ぐ安全対策がいっさい備わっていません。なんとも大雑把な設計です。
引き金となる条件がもっと厳密だったら、護身用品として優れ物だったのに!
まあ、そんな細かいことを気にしない大胆さがひみつ道具の魅力だから仕方ありません。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、空気ピストルの薬の優先度は星
つです。