ジャイアンにヨーヨーを取られたのび太が泣きながら帰宅しました。ドラえもんはのび太に自分の力で取り返すことを勧めたけれど、のび太はできないと言って聞きません。
そこでしぶしぶドラえもんが取り出したひみつ道具が“手にとり望遠鏡”です。
ドラえもんの手にとり望遠鏡は、遠くの物を手に取れる望遠鏡です。
この望遠鏡をのぞき込みながら手を伸ばすと、照準が合っている箇所に空間を越えて手が届きます。そして向こうでなにか物をつかむと、こちらへ取り寄せることができます。
ただし重かったり、しっかり固定されてたりして動かせない物――例えば街路樹――をつかんだ場合は、逆に自分自身が向こうへ瞬間移動します。
原作でのび太が直径2メートルを超える小天体を宇宙から取り寄せられたのは、無重力で重量が無かったためだと考えられます。
とはいえ無重力でも質量(物体の動かしにくさ)は変わりません。質量がとても大きければ、無重力でも取り寄せられないでしょう。
手にとり望遠鏡で取り寄せる正当な権利のある品、要するに自分の所有物はたいてい自宅にあります。
出先から自宅まで遮る建物が一つもなくて、望遠鏡で見えるケースはごくまれです。手にとり望遠鏡で自分の物を取り寄せられる場面はほとんどないでしょう。
裏技的な瞬間移動のほうがむしろ本領です。状況の分からない場所へ瞬間移動する危険性を考えれば、望遠鏡で見える範囲だけが対象となる制限もさしたるマイナスとはいえません。
「さあ、瞬間移動しまくるぞ!」って待った!
瞬間移動は悪事との親和性が恐ろしく高い危険な力です。その力を悪用しようと考える者がこの世にいる以上、手にとり望遠鏡の存在は絶対に人に知られてはいけません。
いっさい人目につかないように瞬間移動するのは神経を使います。モラルや、大いなる力に伴う責任をまじめに念頭に置くとなかなか使いにくい、なんとも難儀なひみつ道具です。
望遠鏡でのぞいた遠くの物を正確につかみ取るのは割と難しいようで、のび太は何度も狙いを外して、余計な物を取り寄せたり、図らずも瞬間移動したりしました。
特に瞬間移動をミスると危険です。瞬間移動した行き先の状況次第では即死する恐れすらあるでしょう。
手にとり望遠鏡をまじめに使うのは難しい。でもよこしまな目的に使うなら?
遠くの物を取り寄せる効力は窃盗にうってつけです。空間を越えた窃盗を我々現代人が立証するのは不可能です。よほど間抜けなヘマをしない限り、捕まることはないでしょう。
手にとり望遠鏡が最悪なのは、人間すら取り寄せられることです。拉致の邪悪さは窃盗をはるかに上回ります。
空間を越えた拉致は「忽然(こつぜん)と姿を消した神隠し」にほかなりません。防ぐ手立てのない恐ろしい犯行です。
手にとり望遠鏡が邪悪な人の手に渡ることは、あってはならない事態です。それだけはなんとしても防がなければいけません。
望遠鏡を住宅や人のいる方向に向ける姿は怪しさ満点です。空間を越えるどうこう以前の問題です。
瞬間移動はどうでしょう。到着地点で目撃されても、堂々かつ平然としていれば、意外となにかの見間違えかトリックかと思われるのではないでしょうか。
なんにせよ市街地は、スマホにドライブレコーダーに防犯カメラにと、あらゆる場所が撮影されています。録画を冷静に見直されたら、ごまかしようがありません。
有力者が公の場に出る際に、狙撃を警戒することはあっても、望遠鏡で見られることは警戒しないでしょう。武器と違って望遠鏡は検問もスルーされるはずです。
ほかにもビルの屋上から身を乗り出して、繁華街を行きかう人々を手当たり次第に手にとり望遠鏡で取り寄せては落としたら……。
手にとり望遠鏡は、社会秩序を乱す力を秘たひみつ道具です。
空間を越えて遠くの物を取れる、といえば“とりよせバッグ”です。手にとり望遠鏡と違って、その場から見えない所も効果範囲だから、取り寄せ目的ならとりよせバッグ一択です。
やっぱり手にとり望遠鏡が活きるのは瞬間移動に使ってこそでしょう。こちらも“どこでもドア”という競合するひみつ道具があるけれど、持ち歩きの容易さで差が出ます。
“四次元ポケット”がなくても容易に持ち歩ける点は、どこでもドアにはない手にとり望遠鏡の強みです。これは「ひみつ道具を一つだけもらえる」という条件下では大きい。
問題は悪用性の高さをどう評価するか。現代に持ち込むのは高いリスクが伴います。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、手にとり望遠鏡の優先度は星
つです。