ある日のこと、テレビ番組が面白いところなのにお母さんから買い物を頼まれたのび太が、テレビを見ながらおつかいに行ける方法をドラえもんに尋ねると――。
漫画に自主規制なんてなかった時代ならではの大胆不敵な話が『ドラえもん』にはいくつもあります。その筆頭といえるひみつ道具が“人間切断機”です。
ドラえもんの人間切断機は、人間を生きたまま上半身と下半身に切断する機械です。
丸ノコがアームで接続されている診察台のような本体に対象者を寝かせて、切断する胴体の部分を覆い隠すボックスで固定します。それからスイッチを入れると、丸ノコとアームが自動的に動き出して対象者を真っ二つにします。
これは人体切断マジックではありません。対象者の体は本当に腰から上下に分かれます。
とはいっても痛みも出血もなく、どちらの半身の生理機能もすべて通常どおりに働き続けます。また、分割したあとに上半身が摂取した水分を、下半身が排泄する様子も原作で確認できます。
これらのことから、人間切断機は“どこでもドア”や“とりよせバッグ”と同様に、空間のつながりに働きかけるひみつ道具だと推測されます。上半身と下半身は空間を越えてつながっているのです。
原作エピソード「人間切断機」には下記の道具も登場しました。これらは公式ガイドブックの『ドラえもん最新ひみつ道具大事典』に個別で掲載されていないため、人間切断機の付属品と判断。まとめて1セットのひみつ道具とします。
人間切断機で切断した人体を元に戻す糊(のり)です。簡単にくっつきます。
これを下半身の切断面に装着すると、AIが下半身をコントロールしてくれます。音声による対話が可能です。物を載せられるようにお盆型になっています。
原作エピソードの内容からして、人間切断機は電子頭脳を装着した下半身を雑用係にするためのひみつ道具です。体を切断するのはあくまで下準備に過ぎません。
はてさて、体を切断してまで雑用係を得たいでしょうか。空間を越えてつながっているにしたって、その心理的抵抗は計り知れません。しかも下半身だけなので、こなせる用事はごく限られます。
ドラえもんは「同じ自分だから、えんりょなくつかえる」(1)と人間切断機を評価したけれど、そう言えるのは自分の肉体を電子頭脳に預けるリスクを軽く見積もっているからでしょう。
自分の体を切断することに抵抗がないどころか、欲望を覚える身体改造マニアの人にとっては、人間切断機は垂涎(すいぜん)の的かもしれません。しかし平凡な人からしてみれば、ただただ恐ろしいばかりのひみつ道具です。
(1)てんとう虫コミックス『ドラえもん』第10巻「人間切断機」より。
人間切断機で切り分けた体を元に戻すには、付属の糊が必要です。もしも糊を使い切ったり紛失したら、現代の科学技術では二度と元に戻せません。
また電子頭脳が反旗を翻す恐れもあります。無駄な軋轢を避けるためにも、下半身をあまり無下に扱わないことです。
人間切断機を誰かに使えば、「生きたまま体が切断される」という恐ろしい目に遭わせられます。精神が壊れるほどのショックを与えられるでしょう。気持ちを持ちこたえても、それからの人生を切断されたまま送るのは苛酷です。
ただしなんとも仰々しい見た目の人間切断機に人を誘導するのは難しいはず。「ただの人体切断マジックだよ」と偽っても、怖がってそう簡単には横になってもらえないでしょう。
相手に気づかれずに切断するのはほぼ不可能。人間切断機も加害者も犯行も隠せないので、悪用には向いていません。
電子頭脳によって自律した下半身は、ひみつ道具による超常現象がなぜだかしれっと見過ごされる『ドラえもん』の世界でさえ、人目を引いていました。
現実世界ではなおさらのこと注目を集めます。寄ってたかって写真や動画を撮られて、あっという間にSNSでバズるでしょう。状況によっては、電子頭脳が自己保身のために上半身の身元を明かしてしまうかもしれません。
人間切断機は、そのテクノロジーも倫理観も我々現代人の常識を超越しています。とはいったものの、この社会に変革をもたらしはしないでしょう。
雑用を頼めるひみつ道具は人間切断機のほかにもあります。例えば“小人ばこ”なんかは、なかなか優秀なヘルパーです。
それなのにわざわざ体を切断する人間切断機を選ぶだなんて気が知れません。本体のサイズがシングルベッド大で、置き場所をとるのも地味に困ります。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、人間切断機の優先度は星
つです。