持ち帰ったはずのテストの答案用紙が見当たらなくてのび太が探していると、ママから「捨てたんでしょう」と疑われてしまいました。
信じてもらえなかったことがショックで家出を考え始めたのび太を思いとどまらせるために、ドラえもんはひみつ道具の“デンデンハウス”を取り出して、「家入り」を勧めました。――家入り?
ドラえもんのデンデンハウスは、カタツムリ(デンデンムシ)型の住居です。これをお尻に装着すると、カタツムリみたいに殻へ体を入れたり出したりできます。
直径およそ90センチですが、“四次元ポケット”や“ガリバートンネル”のように物体の大きさを超越するテクノロジーによって、自由自在な出入りを実現しています。
デンデンハウスの内部は原作に描かれていません(1)。中の様子はのび太によると「わるくないね、きゅうくつでもないし、すずしいし、なにより気分が落ち着くよ」(2)とのこと。
またドラえもんが「中に入るとなんにもきこえないの」(2)と言っているものの、中に入りきったのび太と外にいる人とで互いの声が届いている描写がいくつもあります。実際には防音機能は備わっていないようです。
(1)『ドラえもん最新ひみつ道具大事典』などの副読本には内部を描いた絵が掲載されています。ただし藤子・F・不二雄先生によるものではありません。
(2)てんとう虫コミックス『ドラえもん』第9巻「デンデンハウスは気楽だな」より。
デンデンハウスが市民権を得てるであろう未来の世界ならともかく、我々が暮らす現代ではこんな物をお尻に着けて出歩いたら変人扱いされてしまいます。
でも自宅では小型住居をわざわざ使う意味がない――とも限りません。
ドラえもんによるとデンデンハウスは爆弾でも壊せないほど堅牢(けんろう)です。おそらく緊急事態が起こったときに逃げ込むセーフルーム(パニックルーム)として設計されたのでしょう。
元よりセーフルームは自宅に備え付けの設備だから、デンデンハウスを自宅に据え置いた場合も十分用を成します。
もちろん必要とあらばデンデンハウスをしょったまま屋外へ逃げ出せます。そして状況に応じていつでもまた中へ逃げ込めます。これは普通のセーフルームにはない有用性です。
映画『パニック・ルーム』予告編
カタツムリの殻は外敵から身を守るために使われます。それと同じくデンデンハウスも身の安全性を高められるひみつ道具です。
しいて挙げるなら、中に入っているあいだに殻の口を塞がれて閉じ込められるおそれがあります。しかしデンデンハウスの実在を確信している人に狙われでもしない限りそんな事態は起こらないでしょう。
また、ドラえもんの言葉とは裏腹に防音機能がないのは、音で外の様子がうかがえる点で、むしろ安全面において好都合です。
デンデンハウスのサイズに生きた人間が収まるのは普通ならおよそ不可能です。まさかこんな物の中に人が入っているなんて常識では考えられません。
そういった常識との齟齬(そご)を利用すれば、不法侵入や侵入盗に使えなくもないでしょう。
デンデンハウスに出入りしている場面を人に見られたら、一発でこの世のものではないとバレてしまいます。
もちろん一人きりで使えば秘匿性に問題はないけれど、それではデンデンハウスをあまり活かせません。
中が四次元空間になっているのか、はたまた空間はそのままに体の大きさを伸び縮みさせているのか。なんであれデンデンハウスの技術は現代の常識では計り知れない革新的なものです。
それでもこれ一つだけでは世の中を変えるシナリオは描けないでしょう。
デンデンハウスの肝は、小型セーフルームというコンセプトではなく、「自分だけの空間」を得られる点でしょう。
それも子供の頃に憧れた、みんなには内緒の秘密基地のような、ギュッと濃縮されたごく個人的な空間です。
大人になって広い部屋に住んでいても、いつも同じ場所――お気に入りのソファとか――にいてほとんど動かない、なんてのはよく聞く話。そういった魅力がデンデンハウスにはあります。
そういえば、まだ自分の部屋をもらっていなかった子供の頃はデンデンハウスが欲しかったなあ、と思いをはせるも、数あるひみつ道具から選ぶ一つとしてはやっぱり決め手に欠けます。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、デンデンハウスの優先度は星
つです。