近頃こまめに貯金をしているのび太にドラえもんは感心しました。家を出て独立するための貯金だと聞いて、いっそう感心したドラえもんが、それならと取り出したひみつ道具が“ナイヘヤドア”です。
ドラえもんのナイヘヤドアは、なにもないはずの空間に、部屋ができるドアです。
部屋のある建物の壁にこれを貼りつけると、隣の部屋と同じ造りの部屋がドアの向こうに出現します。キッチンや収納などの設備すら同じです。
この部屋は四次元のような超空間に存在していて、周りの空間を圧迫しません。ただし音は伝わります。
部屋の中からナイヘヤドアを取り外すと、外は元の壁に戻ります。また貼りつければ外に出られます。
ドラえもんは近所のアパート「田中壮」の廊下にナイヘヤドアを貼りつけて、のび太だけの「秘密の城」を用意してあげました。
ナイヘヤドアで出現するのは一部屋だけです。逆にいえば、ワンルームの物件ならまるごと再現できます。それってもう“ナイブッケンドア”じゃん!
この「あるはずのない部屋」の利点は「家賃が無料」なことで、欠点は「バレたら大変」なことです。
物件のオーナーや隣人に「超空間だから不法占有じゃない!」なんて詭弁(きべん)が通じるわけがないし、そもそもこんな超空間を人目にさらしてはなりません。
ここは無難に自宅の廊下に貼りつけて、「部屋を一つ増やす」という使い方で満足しましょう。「無難」といったって、好きな部屋を複製できるんだから常識外れです。間取りによっては専有面積が倍近くになります。
住んでいる物件に左右されるとはいえ、ナイヘヤドアの有用性はかなりのものです。なんなら、次に住居を変える際はナイヘヤドア前提で間取りを決めちゃいましょう。
外からナイヘヤドアを取り外したとき、いったい部屋はどうなるのか。それはまったく不明です。
あなたがナイヘヤドアの部屋にいるときに外の誰かにナイヘヤドアを外されたら、部屋もろとも無に返る、つまり死ぬかもしれないし、二度と出られないかもしれません。
なんにせよ、ナイヘヤドアの部屋に入ったら、真っ先にナイヘヤドアを内側から外しておくべきです。
前項の危険性は、悪用性でもあります。誰かをナイヘヤドアの部屋へ入れて、外からナイヘヤドアを外す。部屋ごと消えるにしろ、閉じ込められるにしろ、非道な仕打ちです。
ナイヘヤドアで勝手に開設した部屋の備え付けキッチンでお湯を沸かしたのび太のその行動も犯罪です。これは水道とガスの不正利用にあたります。
のび太はラジオを爆音で聴いて騒音問題も起こしました。あいだの超空間から出ている音だとは知る由もない両隣の住人は、誤解からお互いを罵り合うことになりました。
隣人トラブルは神経をすり減らします。それを第三者が意図的に巻き起こせるなんて、恐ろしいことです。
ナイヘヤドアを集合住宅の共用廊下に設置するのは、隣室の住人に目撃されるリスクの高い使い方です。自宅の中で使うにしても、同居している人には隠しようがありません。
一人暮らしの自宅内に設置するのが、気兼ねなくナイヘヤドアを使う唯一の方法でしょう。
ナイヘヤドアが量産された暁には住宅事情が一変します。しかし一つきりでは社会に及ぼす影響は微々たるものです。
無料で、すぐさま、簡単に、一部屋増やせる。それがナイヘヤドアです。
間違いなく便利な反面、あからさまに現代の常識を超越しているゆえにコミュニティからの理解が得られません。ひみつ道具の巻き起こす超常現象に寛容な人が多い『ドラえもん』の世界でさえ、ナイヘヤドアはトラブルの元でした。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、ナイヘヤドアの優先度は星
つです。