いとこの五郎さんが一人暮らしをしているアパートを訪ねたのび太は、その悠々自適な暮らしを羨ましく思いました。そこで自分も実家を出てアパート暮らしを始めたいと両親に頼んでみたけれど、認めてくれるはずもありません。
それでも諦めきれないのび太のために、ドラえもんが取り出したひみつ道具が“アパートごっこの木”です。
ドラえもんのアパートごっこの木は、地中で簡易的なアパート(集合住宅)となる植物です。
保存用の液体と共に瓶詰めにされているこの苗を地面に植えると、地下茎がぐんぐん伸び始めて、たったの10分で巨大に育ち切ります。
地下茎は直径1メートルほどの太さで、中はがらんどうです。そしてところどころが四畳半から六畳ほどの直方体に膨らんでいます。つまり膨らみが部屋で、それらをつなぐ茎が廊下です。
地下にもかかわらずアパートごっこの木の中はどこも明るいことから、茎の内側が発光していると推定されます。
育ち切ったアパートごっこの木は、一晩で腐って土にうずまります。ドラえもんからもらえるはもちろん1本だけ。腐ったらもうそれきりです。
ドラえもんによるとアパートごっこの木は「子供の遊び道具」です。さながら秘密基地やアリの巣のような空間は、たしかに子供の好奇心や冒険心をかき立てるでしょう。
一晩限りの使い捨てという欠点も、子供が定住しないようにするためだと考えれば妥当な措置です。とはいえ大人が自分で使うにはきつい制限なことに変わりないので、物足りなさは否めません。
使用期限がなければ大人の隠れ家的なセカンドハウスとして最高なのに!
ドラえもんたちはアパートごっこの木の説明書を最後まで読まなかったので、一晩で土にかえるとは露知らず、家具を搬入したまま次の日を迎えてしてしまいました。全部地中に埋まってしまったのです。
ひみつ道具をいくつも持っているなら“モグラ手ぶくろ”でもなんでも使ってすぐに掘り返せるけれど、「ドラえもんのひみつ道具を一つだけもらえる」という条件下ではそうはいきません。
家具ならまだしも、アパートごっこの木の中でうっかり寝てしまったら……。子供の遊び道具にしては危険な代物です。もっとも未来の世界では、ほかのひみつ道具で子供の安全は守られているのでしょう。
アパートごっこの木の「一晩で腐って土にうずまる」という欠点は、こと悪用に掛けては利点へと反転します。
地下茎の最深部はかなりの深さです。そこに置いたものは埋もれたあと、二度と日の目を見ることはないでしょう。これ以上ない死体遺棄や証拠隠滅の手口となります。
そればかりか拘束した人を置き去りにして生き埋めにするという、残忍極まりない犯行すら可能です。アパートごっこの木は意外と物騒なひみつ道具だといえます。
アパートごっこの木の地上部分は幹が太くなるだけで上方向へはいっさい伸びません。多くの人でにぎわう公園とかにでも植えない限り、人目につく心配はないでしょう。
どのみち一晩たてば跡形もなく消えてしまいます。
究極に進化した未来のバイオテクノロジーによって生み出されたであろうアパートごっこの木は、我々現代人からすればあたかも魔法のようです。
でもたった一晩きりの魔法では社会に対する影響力は微々たるものでしょう。
アパートごっこの木は『ジャックと豆の木』のように空高く――ではなく地中深くに伸びる植物なのが機知に富んでいて面白い。子供の好奇心に限らず、大人の童心だってくすぐる魅力があります。
ただし一つだけもらえるひみつ道具としてふさわしいかは別の話。二日ともたずに消えてしまうのでは触手が伸びません。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、アパートごっこの木の優先度は星
つです。