ドラえもんのひみつ道具は数あれど、その多くは一話限りしか原作に登場しません。“タケコプター”や“どこでもドア”のように何回も使われるのはごく一握りなんです。
そんな登場話数の多いひみつ道具ばかりが広く知られているけれど、なかには一話限りの登場で有名になったのだってあります。その筆頭がこの“アンキパン”です。
ドラえもんのアンキパンは、暗記に使える食パン、すなわち「暗記パン」です。
これを本のページなどに押し当てると、合わさった部分が転写されます。それから食べれば、転写した内容を即座に、そして完璧に覚えます。
食べられる限り何枚でも効果が重複します。ただし、その内容を暗記していられるのは食べたアンキパンが体内にあるうちだけで、排泄した途端に忘れてしまいます。
食べたものは24~72時間で排泄されるといわれています。長くても――便秘でなければ――数日しかもちません。
パンはカビがとても生えやすくて消費期限の短い食品です。しかしアンキパンは未知の成分で作られているため、消費期限はないと仮定します。
登場話「テストにアンキパン」でドラえもんは大量にアンキパンを持っていました。よってもらえる枚数は、大量かつ切りのよい100枚とします。
プレゼンやスピーチで、原稿を読みながら話すのと、聴衆を見ながら話すのでは、どちらが人をひきつけるか。それはもちろん後者です。プロンプターを使ったって、その差は埋まりません。
ここぞという勝負どころでアンキパンを使えば、評価を上げられることでしょう。
難易度の高い資格を取得する助けにもなります。とはいえ必要な能力が伴わないまま資格を取得することが、果たして有用なのかは疑問です。
「テストにアンキパン」の描かれた70年代初期とは違って、今では超高密度の資料がパソコンとプリンターで簡単に作れるようになりました。食パン1枚に膨大な情報量を詰め込めます。
のび太はテストのためにアンキパンをたらふく食べざるを得ませんでした。それが今なら1枚で済みます。アンキパンの利便性は当時よりも確実に高まっています。
アンキパンは消耗品です。アンキパンに頼って身の丈に合わない身分を手に入れると、アンキパンを切らしてから困ることになるでしょう。
以前に“コンピューターペンシル”をテストで使おうとしたのび太をドラえもんは激しく非難しました。
アンキパンのときに協力的だったのは、「こんどだけたすけて」と泣きつくのび太にほだされたからで、不正なことに変わりありません。
アンキパンによる記憶が恒久的なものならまだしも、一時的なものなので、試験の類いで使うのは能力を偽ることになります。
アンキパンの見た目はただの食パンです。勝手に食べられてしまっても、なにも転写していない状態ならばなんの効果も出ません。これが特殊な食パンだと悟られることはまずないでしょう。
ただし食パンを大量に蓄えているのは不自然だから、見つかるとちょっと変わった人だとは思われるかもしれません。
アンキパンは短期的に暗記できるだけ、しかも消耗品です。これだけでは、大きなことを成し遂げるまでには至らないでしょう。
成分とその仕組みを解析できれば、認知症の治療に応用できそうです。
日常の出来事をすべて記憶して忘れることができない、「超記憶症候群」と呼ばれる症状の人が世界に数人いるそうです。
一見便利そうだけど、過去の辛いことや悲しいことのすべてが、ついさっき起こったことのように思い出されて苦しい思いをしているそうです。
忘れる能力は、覚える能力と同じくらい大切なのです。アンキパンの一時的にしか暗記できないという制限は、意外にも理に適っているのかもしれません。
ドラマ『アンフォゲッタブル 完全記憶捜査』予告編
たとえ短期的な暗記でも、ここ一番というときは間違いなく役立ちます。問題は、アンキパンは消耗品なので使える回数が限られてしまう点です。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、アンキパンの優先度は星
つです。この記事の「ゆっくり解説」版