ドラえもんのひみつ道具は数あれど、大半は一度しか登場しません。「タケコプター」や「どこでもドア」のように何回も使われるものは、ごく一握りです。
登場回数の多さと知名度はだいたい比例しているけれど、なかには一度きりの登場[1]で広く知られているひみつ道具もあります。その筆頭が「アンキパン」です。
ドラえもんの「アンキパン」は、暗記に使える食パン、つまり「暗記パン」です。これを本のページなどに押し当てると、合わさった部分が転写されます。それから食べれば、転写した内容を即座に、そして完璧に覚えます。
ただし覚えていられるのは食べた「アンキパン」が体内にあるうちだけ。排泄した途端に忘れてしまいます。食べたものは24~72時間ほどで排泄されるといわれています。長くても――便秘でなければ――数日しかもちません。
食パンはカビが生えやすく、消費期限の短い食品です。しかし「アンキパン」は未知の成分で作られているため、消費期限はないと仮定します。
ドラえもんは大量の「アンキパン」を持っていました。よってもらえる枚数は、大量かつ切りのよい100枚とします。
なにかスピーチをする際に、原稿やプロンプターを見ながら話すか、聴衆を見ながら話すか。どちらがより人をひきつけるかといえば、それはもちろん後者でしょう。
たとえ「アンキパン」による一時的な暗記だとしても、覚えているあいだは血が通った自分の言葉になるから説得力が違います。
立場柄そういったスピーチとは無縁なら、求められる知識の多い資格を取得するのに使うのはどうでしょう。
のび太がテストのために体調を崩すほど大量の「アンキパン」を食べたのも今は昔です。当時とは違って、超高密度の資料をパソコンとプリンターで簡単に作れる時代になりました。
普通に食べきれる枚数にかなりの情報量を転写できます。それだけ暗記できれば大概の試験で事足りるはずです。
とはいえ、必要な知識が伴わないまま資格を取得することが、果たして本当に有用なのかというと……。
「アンキパン」は消耗品です。これだけに頼って身の丈に合わない身分を手に入れると、使い果たしてから困ることになるでしょう。
のび太が「コンピューターペンシル」を学校のテストで使おうとして、ドラえもんに怒られたことがありました。
「アンキパン」を使ってテストに挑むことにはドラえもんが協力的だったのは、「こんどだけたすけて」と泣きつくのび太にほだされたからか。
「アンキパン」による暗記が定着するならまだしも、一時的な記憶に過ぎないのでは、テストなどに用いるのは能力を偽ることになります。厳格にジャッジするなら不正といえます。
「アンキパン」の見た目はただの食パンです。なにも転写していない状態なら、食べてもなんの効果も現れません。これが未来の特別な食パンだと悟られることはまずないでしょう。
「アンキパン」は短期的に暗記できるだけ、しかも消耗品です。それしきのことで大きなことを成し遂げるなんて、どだい無理な話です。
経験したことをなにからなにまで記憶して忘れることができない、「超記憶症候群」と呼ばれる症状の人が世界に小人数いるそうです。
一見便利そうだけど、実際は過去の嫌な経験の記憶がついさっき起こったことのようにありありと残っているので、辛い思いをしているとのこと。
忘れる能力は、覚える能力と同じくらい大切なのです。一時的にしか暗記できない「アンキパン」の効力は、意外と理に適っているのかもしれません。
すぐに忘れてしまう一時的な知識を得たところでスキルアップにはつながらないものの、目下の職務をこなすのに役立つケースは多いでしょう。効果時間が限られていることよりも、使える回数が限られているほうが問題です。
「アンキパン」の効力は消耗品というハンデを覆せるほど際立っていません。というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、「アンキパン」の優先度は星 つです。