せっかくもらったお年玉をのび太は全部まとめてなくしてしまいました。部屋中をひっくり返して捜しても見つかりません。あろうことか、ドラえもんがもらった分ものび太が預かっていたのです。
そこでのび太の記憶からお年玉の在りかを見つけるために、ドラえもんが取り出したひみつ道具が“見たままスコープ”です。
ドラえもんの見たままスコープは、人の記憶を映し出す映写機です。
本体につながっているヘッドギアを頭にかぶって、ツマミで日時を指定すると、そのときに目で見ていたままの光景を鮮明に映し始めます。ただし音声のないサイレント映像です。
深層の記憶まで脳から掘り起こすため、本人がすぐには思い出せないような記憶でも映せます。逆にいえば、脳から完全に失われた記憶は映りません。
同じ記憶でも、それを頭の中で思い浮かべるのと、映像として目で観て追体験するのでは、わけが違います。最近のことならまだしも、記憶は時間と共にぼやけてくるものです。映像で観たほうが、より生々しく感じられるでしょう。
一人称視点の映像はその臨場感から、物語の主人公になりきる手段として、ゲームで(海外では特に)よく使われています。それが自分の記憶なら、なおさら強烈な追体験になるはずです。
The Weeknd - "False Alarm"
(FPSゲームのような映像を得意とする映像作家のイリヤ・ナイシュラーが監督したMV)
見たままスコープの用途は思い出を楽しむだけにとどまりません。
誰かと記憶が食い違って、もめるのはよくあること。未来の存在である見たままスコープを相手に見せるわけにはいかないけれど、とりあえず自分の中で当時の記憶を正確にすることで解決の糸口をつかめます。
無音なのが玉に瑕とはいえ、客観的かつ明確な記憶からは、さまざまなメリットが得られるでしょう。
見たままスコープを無暗に使うと、心の奥底に封印していた嫌な記憶を意図せず呼び覚ましてしまうおそれがあります。
楽しい記憶も安全だとは限りません。それがもとで過去にとらわれて、前に進めなくなるかもしれません。
見たままスコープがあれば、「目で見る」イコール「撮影する」になります。
撮影が禁止されているばかりか、撮影機器の持ち込みすら断られるような場面もおかまいなし。身ひとつで見ているだけだから、それが撮影に準ずる行為になっているとは絶対にバレません。当然どれだけ厳重なボディチェックも通過できます。
映写した映像をスマホなどで撮影して動画ファイルにすれば拡散も可能です。リベンジポルノという卑劣な悪行に見たままスコープは恐ろしいほどあつらえ向きです。拡散しないまでも、性行為を勝手に見返すだけでも深刻なマナー違反です。
ほかには、寝ている恋人や家族に見たままスコープをこっそり装着することで、その人の記憶を覗き見る使い方も考えられます。これは浮気調査などの大義名分があっても許されることではありません。
自ら進んでその存在を公開しない限り、見たままスコープを所有していることが世に知られることはないでしょう。
人間の記憶が脳という物理メディアに保存されているからには、外部から読み取ることも可能なはず。そう遠くない将来、それこそドラえもんの生まれる2112年までに見たままスコープが実現する可能性は大いにあります。
「自分の記憶は自分だけのもの」という自己同一性の前提を崩しかねないこの技術がもたらす革新は、破滅にしろ再生にしろ、人類が次の段階へ進む契機になるやもしれません。
そういった変革は段階を踏むべきなのに、見たままスコープのテクノロジーが解析されると一足飛びに進んでしまいます。もしも見たままスコープをドラえもんからもらったら、その存在は秘匿したほうが賢明です。
見たままスコープで好きな記憶を反芻(はんすう)するのはきっと楽しいことでしょう。けれど普通の写真や動画で振り返るより断然リアルな追体験にハマると、必要以上に過去に執着してしまいそうです。
しかも、ときに人は自分の記憶を無自覚に書き換えます。単純に過去を確認するだけなら、記憶を介さない“タイムテレビ”を使ったほうが確実です。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、見たままスコープの優先度は星
つです。