映画『STAND BY ME ドラえもん』感想

ディズニーが手書きアニメで名をはせたのも今は昔。ディズニーの長編アニメ映画が3DCG作品ばかりになってから、もうずいぶん経ちました。欧米ではディズニーに限らずとも「アニメ映画といえば3DCG」といった様相を呈しています。

そんなディズニーやピクサーのアニメ映画はここ日本でも好評です。「(ジブリ以外の)アニメは子供とオタクのもの」なんて偏見を持っている人も、どういうわけだか「3DCGアニメは別口」とばかりに映画館へ足を運んでいるようです。

「藤子・F・不二雄生誕80周年記念作品」と題された映画『STAND BY ME ドラえもん』は、長きにわたって漫画と2Dアニメで愛されてきた『ドラえもん』を満を持して3DCGアニメ化した作品です。

「ふだんはアニメを観ない大人も呼び込もう」という製作側の魂胆が透けて見えなくもないこの映画。はたして大人の鑑賞に堪える出来栄えになっているのでしょうか。

あらすじ

以下、ネタバレがあります。

のび太はなにをやってもさえない小学生。そんなのび太の学習机の引き出しから、見知らぬ少年とロボットが突然現れる。彼らは22世紀から“タイムマシン”で時間を超えて現代にやってきた、子孫のセワシとネコ型ロボットのドラえもんだった。

セワシによると、将来のび太は事業に失敗して、その借金のせいで代々の子孫に迷惑がかかっているそうだ。そこでドラえもんをのび太の世話係として現代に残して、歴史を是正するという。

初めはお互い嫌がっていたのび太とドラえもんだが、二人で過ごすうちにいつしか友情が深まって……。

映画『STAND BY ME ドラえもん』予告編

これが3DCGだ!

漫画の3DCG化と聞いてまず懸念となるのがキャラクターのCGモデルです。『STAND BY ME ドラえもん』では、のび太としずかの顔が(おそらくは意図的に)原作漫画とは変えられているものの、意外とすぐに慣れました。

なにせCGモデルのドラえもんがめっちゃかわいい! このドラえもんを見てしまうと、のび太の顔じゃないのび太も許せてしまいます。

また“タケコプター”による飛行シーンは、「これが3DCGだ!」といわんばかりに縦横無尽なカメラワークで動きまくります。いささか鼻につくひけらかし感はさておき、これは間違いなく3DCGによる恩恵でしょう。

映像は文句なし。ではストーリーは?

すこしふしぎな日常

『STAND BY ME ドラえもん』のストーリーは、漫画『ドラえもん』の複数の短編エピソードをつなげて一つにまとめたものです。以下の7話が公式に発表されている原作エピソードです。

これらの短編エピソードをベースにしているので、『大長編ドラえもん』シリーズのような異世界冒険ものではなく、のび太とドラえもんとの出会いから始まる「すこしふしぎな日常」を描いたストーリーになっているのが本作の特色です。

そしてのび太を主人公に据えて、ドラえもんとの友情ドラマと、しずかちゃんとの恋愛ドラマに焦点を合わせ、より幅広い年代に訴求するであろうストーリーに仕上げています。

リストを見てのとおり、『ドラえもん』ファンからの人気を集める名作エピソードをチョイスしているだけあって、ストーリーも文句なし! と言いたいところなのに、手放しでは褒められない点が目につきます。それはのび太が……。

のび太はダメ人間?

のび太は人を思いやる気持ちがある心根の優しい少年ですが、いかんとも即物的な一面もあります。目先のことで頭がいっぱいになって、思わず自己中な言動をとってしまう場面が見受けられるのです。

『STAND BY ME ドラえもん』でいえば、しずかちゃんの気持ちをつなぎとめるべく、“刷りこみたまご”を使おうとする場面が該当します。刷りこみたまごとは人心掌握系ひみつ道具で、要するに洗脳マシーンです。

このエピソード「たまごの中のしずちゃん」は、原作版がギャグテイストだからこそ成立するものです。本作のような恋愛ドラマの挿話としては、「洗脳で自分に恋をさせようとする」だなんてクズ過ぎて擁護できません。

また、のび太の悲観的な面がクローズアップされているのも気になります。確かにのび太はクヨクヨすることも多いけど、持ち前の切り替えの早さですぐに(漫画でいえばわずか数コマで)立ち直ります。長いスパンで見ればのび太は楽観的です。

かように本作ではのび太のダメさが際立っているのに、それを挽回しきれないままエピソード「のび太の結婚前夜」でしずかパパが娘に贈った言葉へつながります。

「のび太君を選んだきみの判断は正しかったと思うよ。あの青年は人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それがいちばん人間にとってだいじなことなんだからね」

てんとう虫コミックス『ドラえもん』第25巻「のび太の結婚前夜」より

原作漫画を読み込んだ人なら、のび太がしずかパパの言うとおりの人物だと納得するでしょう。けれども本作におけるのび太の人物像とは釣り合っていません。

「いや、あなたの娘さんを洗脳して自分のものにしようとしてましたけど!」と結婚に反対したくなるほどです。

せっかくのび太とドラえもんとの出会いから描くことで一本の独立した映画として楽しめる作りにしてあるのだから、のび太の良いところを本作にもっともっと盛り込んでほしかった。

ストーリーに関しては気になる点がまだあります。それは原作版には存在しない「成し遂げプログラム」です。

「成し遂げプログラム」だって⁉

ドラえもんが未来へ帰らなくてはならなくなることで、『STAND BY ME ドラえもん』はクライマックスを迎えます。これはエピソード「さようなら、ドラえもん」がベースです。

原作版では「なぜ帰らなければならないのか」はいっさい語られません。しかし本作の脚本家は明確な理由が必要だと考えたようで、「成し遂げプログラム」なる機能をドラえもんに追加したのです。

「成し遂げプログラム」とは命令に従うことを強要する機能です。「のび太を幸せにすること。それを達成したら未来へ帰ること」という「成し遂げること」を設定されたからドラえもんは未来へ帰るという次第です。

なんて愛のない改変なのでしょう。理由づけとしてあまりにも安易なだけでなく、『ドラえもん』という物語を根底から否定しかねない失礼極まりない設定です。原作に対する冒涜(ぼうとく)だといっても過言ではありません。

原作者である藤子・F・不二雄先生の「明確な理由を説明する必要はない」というジャッジを覆してまで追加した設定がこれでは、あきれるのも無理もないでしょう。たとえ「原作厨」とそしられたとしても、こればかりは許容できません。

原作からの変更点をさらにあげつらうと、藤子・F・不二雄先生の表現力が光る名作「さようなら、ドラえもん」における演出も変更されているのですが……。

「さようなら、ドラえもん」

「さようなら、ドラえもん」は、当初の予定では『ドラえもん』の最終回になるはずでした。それだけあって、涙なしでは読めない感動作になっています。

このエピソードが泣けるのは、のび太とドラえもんの友情、ひいてはのび太のドラえもんを思いやる熱情が胸を打つからです。

さて、『STAND BY ME ドラえもん』のキャッチコピーは「いっしょに、ドラ泣きしません?」です。つまり本作が観客を泣かせるように作られた、いわゆる「お涙頂戴」だと製作側が認めているわけです。これはみっともない。

原作版が「友情を描いた結果、泣ける」のに対して、本作は「泣かすために友情を描く」のです。「泣いてください、涙を頂戴」という本末転倒な演出のせいで、粋なエピソードがなんとも野暮ったくなってしまいました。

お涙頂戴に徹するあまり、そがれた表現もあります。藤子・F・不二雄先生は、「さようなら、ドラえもん」で未来へ帰るドラえもんの姿を次のように表現しました。

力尽きて眠るのび太とそれを傍らで見守るドラえもんのコマがあって、ほぼ同じ構図でドラえもんだけがいなくなったコマに続きます。二つのコマの差は、わずかなカメラ位置の移動と、窓から差し込む朝日だけ。最低限の差異に抑えられています。

並みの漫画家なら、時間経過を暗に説明するためにのび太の寝相を変えてしまうでしょう。そこをドラえもんが消えてなくなったかのように描くことで、のび太の日常からドラえもんが失われたことを静謐(せいひつ)に表現したのです。

藤子・F・不二雄先生がいかに傑出した漫画家だったかを物語る2コマです。

それなのに本作ではご丁寧にのび太の寝相を変えています。表現性より、わかりやすさを優先したのです。特別なシーンが平凡なシーンになってしまいました。誰でも理解できることが求められるお涙頂戴の弊害です。

では本作が観る価値のない凡作かというと、それはまた別の話でして……。

賛否両論なわけ

『STAND BY ME ドラえもん』の感想をネット検索してみれば一目瞭然。本作は絶賛する人もいれば酷評する人もいる、賛否両論の映画です。それらの感想に目をとおすと、原作への思い入れ度と本作の評価が反比例しているように見受けられます。

つまり本作のネガティブなレビューは(本稿を含めて)原作との対比が語られているのであって、本作の出来栄え自体にケチがつけられているわけではないのです。不満点の大半は原作に対するリスペクトの足りなさに集約されています。

だから「成し遂げプログラム」に違和感(もっというなら異物感)を覚えないなら、本作にはきっと満足させられるでしょう。『ドラえもん』は、愛のない改変をいくらかされたくらいでは揺るがない芯のある、折り紙つきの名作なんですから。

本作は本作で、観るべき価値は備えています。

おわりに

大人になってからきちんと読み返したことがないなら人生ちょっと損してる。そう言いたくなるくらいの懐の深さが漫画『ドラえもん』にはあります。

小さいころに読んだ漠然とした記憶の中にある面白さとはまた違う、新たな魅力を見いだせるのです。藤子・F・不二雄先生のほとばしる才気が児童漫画という枠組みを突き破って、びりびりと心に刺さります。

そんな魅力を『STAND BY ME ドラえもん』は十分に伝えられていないように思えて、もどかしさを拭えません。けれど本作が漫画『ドラえもん』を再び手に取るきっかけになりえることを考えれば、それも大事の前の小事というもの。

もしも本作を観て気に入ったなら、その勢いで漫画『ドラえもん』も一読してもらいたい。笑えたり、泣けたり、驚かされたりする傑作エピソードの数々が、本作の原案になったもの以外にもまだまだありますから。

タイトル:
映画『STAND BY ME ドラえもん』感想
カテゴリ:
雑記
公開日:
2016年06月24日
更新日:
2017年03月04日

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