いたずらが過ぎたのび太が、ママからのお仕置きとして物置に閉じ込められたときのこと。「あけちゃだめよ」とママに言われたドラえもんは、とんちを利かせて、物置の戸を開けることなくのび太を外へ出してあげました。
そう、ひみつ道具の“通りぬけフープ”を使ったのです。
ドラえもん通りぬけフープは、壁を通り抜けられるフラフープです。
一見なんの変哲もないこのフラフープを壁にぴたりとあてると、輪の内側が壁の向こう側まで穴でつながります。
壁にあてた通りぬけフープは、外すまでそこに固定されます。空間をつなげているらしく、壁の向こう側にも通りぬけフープは露出しているので、通り抜けた先で外して回収できます。外した瞬間に穴は消滅して、壁には傷一つ残りません。
通りぬけフープの直径はおよそ80センチ。伸縮性はないので、直径よりも大きなものは通れません。
壁の向こう側へ行きたいなら、普通にドアを通れば済む話。通りぬけフープを使わないと通り抜けられないとしたら、それは越えることが禁じられている壁です。つまり法やモラルに準ずる使い道は限られています。
ドラえもんたちはというと、閉じ込められたときに活用しました。現実でも天災や事件に巻き込まれて閉じ込められてしまうことはあるでしょう。しかし、いつ起こるかわからない災難に備えて持ち歩くにしては、かさばります。
「あの人いつもフラフープ持ち歩いてるよね」なんて陰で言われて、「フラフープさん」みたいなあだ名をつけられるのがオチです。
持ち歩く際の不便さは“四次元ポケット”があれば解決するけれど、「ひみつ道具を一つだけもらえるとしたら」なのでそうはいきません。(ひみつ道具を運用する上で四次元ポケットは本当に便利なんです)
結局普段は自宅に置いて、必要に応じて持ち出して使うことになるでしょう。ただでさえまっとうな使い道が限られているのに、更に活躍する機会が失われます。
通りぬけフープが活躍する機会は日用以外にあります。例えば、ピラミッドなどの封印されている遺跡を調査する際に重宝するはず。なにせ遺跡を一切壊すことなく中へ入れるのだから。
思えば『ドラえもん』でも、通りぬけフープは通常連載よりも大長編で活躍しました。日常じゃない冒険向きのひみつ道具です。
原作で、通りぬけフープが地面に転がり倒れたとき、そこに穴が開きました。意図的でなくても、なにかに密着すると自動的に効果が発動するようです。(ちなみに、地面に開いた穴がどこにつながったのかは不明です)
通りぬけフープをいい加減に収納すると、知らないうちに隣人の部屋とつながってしまうかもしれません。収納する際は、置き方に十分気をつける必要があります。
また、床に使った場合は、穴の先が落ちれば助からない程の高さになることもあるでしょう。
前述したように、通りぬけフープを使わなければ向こう側へ行けないのなら、それは越えることが禁じられた壁でしょう。すなわち通りぬけフープの真骨頂は、そういった壁を不正に越えることにあります。
どれほど堅牢にロックされていようと関係なし。銀行の貸金庫だろうがなんだろうが、あらゆる場所へ不法侵入し放題です。そこで窃盗を働いても、鍵をこじ開けた痕跡などが一切ないことから内部犯行が疑われて、足がつきにくいでしょう。
いわゆる「密室殺人」も可能です。ただし密室殺人は基本的にフィクションの話であって、現実でどれほど有効なのかは疑問が残ります。
そのほかでは脱獄の手助けなど、通りぬけフープは悪事に関する用途が広いひみつ道具です。
通りぬけフープをフラフープとして誰かに使われてしまうと、回し終わって地面や床についた瞬間に穴が開いて落ちてしまいます。そうなれば、それがただのフラフープとは違う特別な存在なのが一目瞭然です。
フラフープは見ればやってみたくなる遊具だから、人前に持ち出すのは避けるべきでしょう。
壁の向こうに人がいるか否かは大方事前にわかりません。通りぬけフープをうかつに使えば、壁に穴が開く瞬間を人に見られてしまいます。
秘匿性を保つには、保管するときにも使用するときにも、慎重さが求められます。
通りぬけフープには「壁の原子を操作して穴を開ける」という設定(方倉設定(1)?)もあるものの、それでは壁の向こう側にも通りぬけフープが露出していることが説明できません。空間をつなげていると考えた方が妥当でしょう。
離れた空間をつなげることは、理論的には可能でも、必要とされるエネルギーが莫大過ぎて現実的ではないと考えられています。それが一見フラフープにしか見えない単純な道具で実現するのだから、間違いなく革命的です。
しかし、自由自在に空間をつなげる“どこでもドア”と違って、壁越しの空間をつなげるだけでは穴を開けているのとさほど変わりません。世界の在り方をひっくり返すには至らないでしょう。
解析の結果、通りぬけフープの量産が可能になっても、既存のセキュリティの多くが無力化してしまうことが問題になって、市販はされないはず。一般市民には、その存在を知らされることすらないかもしれません。
(1)藤子スタジオに当時在籍していた方倉陽二先生による『ドラえもん百科』などの副読本に掲載された非公式(一部はのちに公式に採用)の設定。
平凡な日常では合法的に通りぬけフープを使う機会に恵まれなさそうです。あればあったで便利だろうけど、「これ!」という決め手に欠けます。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、通りぬけフープの優先度は星
つです。