待望の夏休みまであと三日。のび太はそわそわして落ち着きません。そこでドラえもんになんとかしてくれと迫ったところ、しぶしぶ出してくれたひみつ道具が“スピードどけい”です。
ドラえもんのスピードどけいは、時間を早送りする懐中時計です。
この時計の針をぐるっと回すと、1回転につき1日時間が進みます。竜頭(りゅうず)を押し込むと、干渉した時間軸がリセットされて、元の時間軸へ戻ります。
時間の早送りは、相対性理論における「時間の遅れ」(俗にいう「ウラシマ効果」)を局所的に生じさせていると推定されます。時間の遅れが生じる効果範囲は、スピードどけいを中心とした直径数メートルです。
リセットは超常的です。
原作では夏休みの三日前にスピードどけいを使い始めて、時間を断続的に飛ばしながら数日間をリアルタイムで過ごし、夏休み最後の日にリセットすると、夏休みの三日前(1)に戻りました。
つまり普通に過ごした時間も含めて丸ごとリセットされて振り出し(2)に戻ります。ただしスピードどけいを操作した人の記憶はリセットされずに継承されるようです。
(1)最後のコマは夏休みが始まる二日前の朝です。リセットした翌朝だと判断しました。
(2)振り出しとなる時間軸は、最後のリセットから最初に早送りした瞬間だと推測されます。
スピードどけいで時間を早送りしているあいだ、世界はあなたを置いてぐんぐん先へ進みます。それはあまりにも大きな代償です。
でもリセットしたら? そう、スピードどけいの真骨頂はリセットにあります。
- 休日の朝、ほんのすこし時間を早送りする
- 一日休日を楽しむ
- リセットする ➡ 1へ戻る
リセットを活用すれば、任意の期間をループできるのです。いわゆる「ループもの」のお約束とは違って、いつでもループから抜け出せるから、気兼ねなく好きな日を繰り返せます。
形に残るものは蓄積されません。それでも確かな記憶として「体験」が得られます。
記憶以外のすべてが無に帰するのは、むしろ好都合でしょう。どれだけ散財しても、評判を落としても、リセットで全部取り戻せます。お金にものをいわせて好き放題できます。
贅沢できるほどの貯蓄がない? それなら株価の推移を覚えてからリセット。絶対に負けないデイトレードでいくらでも稼げます。
はたしてリセットで得られる時間をあなたならどう使うでしょうか。
スピードどけいをリセットすると、その世界線におけるすべての早送りがなかったことになります。つまり起点となる時間軸は「最後のリセットから最初に早送りした瞬間」です。
リセットしたときに戻る起点を見誤ると、正史として確定したい時間までも消えてしまいます。これは人生の一部を失うようなものです。
たとえそれが自分にとって望ましい日々だったとしても、まったく同じことをやり直すのは苦痛でしょう。
一度も早送りしていない世界線でリセットした場合はなにも起こりません。ループをやめて通常運行に戻るときには、この状態にあることを必ず確認するべきです。
特定の体験を得ることを目的とした犯罪があります。スピードどけいのリセットを用いれば、そういった非道な悪行をなしつつも、犯行の事実をなかったことにできます。
ただし罪そのものが消えるとは思えません。もしも天国や地獄が本当にあるのなら、地獄行きは免れないでしょう。
時間の流れは相対的です。スピードどけいで周囲の時間を速くすることは、裏返せば使用者の時間を遅くすることでもあります。
時間を急速に早送りしているときの使用者をはたから見ると、蝋人形にでもなったかのように固まって見えるでしょう。スピードどけいを使うときは、人目を避けるべきです。
早送りしている現場さえ目撃されなければ、時間の相対的な変化は知覚されません。あとは「神のみぞ知る」です。
特定分野の学者など、思考を推し進めることで成果を得られる分野の天才たちがスピードどけいのループでひたすら英知を研ぎ澄ませば、人類の進歩するスピードが飛躍的に上がるでしょう。
スピードどけいを手に入れたのが凡人だとしても、リセットを使って「三歩進んで二歩下がる」時間の送り方をすれば、未来を言い当てる予言者となれます。
欲望のままに費やすにしろ、勉学につぎ込むにしろ、スピードどけいのリセットで得られる時間は特別な恩恵となるでしょう。
けれどリセットはあまりにも超常的です。普通とは異なる時間軸で生きていくのは、人を超越した存在になることに等しいといっても過言ではありません。
それだけに計画性とビジョン、そして覚悟が求められるひみつ道具です。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、スピードどけいの優先度は星
つです。