てんとう虫コミックス第4巻収録の「月の光と虫の声」は、自然破壊が進んで野比家の周辺に生息している虫が減って、虫のきれいな鳴き声を聴く機会もまた減ってしまったというエピソードです。
第4巻の初版が出版されたのは1974年。それから更に自然破壊が進んだのか、逆に自然保護の気運が高まったのかはさておき、そんな「月の光と虫の声」で活躍したひみつ道具が“虫の声の素”です。
「虫の声の素」という名称は『ドラえもん最新ひみつ道具大事典』より。このひみつ道具が登場するエピソード「月の光と虫の声」の作中では、「この花」としか呼ばれず、名称が明かされません。
虫の声の素は、花の形をしたひみつ道具です。この花から滴り落ちるつゆを虫にかけると、どんな虫でもきれいな声で鳴くようになります。鳴き声の種類は、現存している鳴く虫からランダムに決定されます。
定義がはっきりしている「昆虫」と違って、「虫」は曖昧な概念です。作中では「虫」と書かれていますが、本稿では便宜上、体が頭部・胸部・腹部の3つに分かれていて、胸部に3対の脚がある成体の「昆虫」にだけ効果が生じるものとします。
純粋に鑑賞用のひみつ道具ですから、虫の声の素に価値を見いだせるか否かは受け取る人しだいです。虫の鳴き声にまったく興味がない人や、本来の虫が鳴くのでなければ無意味だと考える人も多いでしょう。
そもそも鳴き声のきれいな虫は、ホームセンターのペットコーナーなどで販売されていますし、自然が残っている地域ではありふれた生きものです。ひみつ道具である虫の声の素を持ち出すまでもなく、虫の鳴き声は楽しめます。
いったいどのようなテクノロジーで虫の声の素が虫を鳴かせているのか、一切不明です。効果の出た虫を野に放した場合の安全性に懸念を抱かざるを得ません。生態系に悪影響が出る可能性を否定できない以上、取り扱いには慎重を期するべきです。
虫の声の素をかけた虫を「新種の貴重な虫」と偽って架空のもうけ話をでっち上げれば、詐欺の皮切りとなるかもしれません。
虫の鳴き声を聴いただけで「これはスズムシで、これはマツムシで……」と正しく判別できる人は余程の虫ズキです。ほとんどの人は、虫の種類と鳴き声が違っていてもわからないでしょう。
夜の草むら鳴いている虫を捕まえる人もごく少数です。虫の寿命は短いですし、人目につくことすら少ないはず。虫ズキに見せびらかすような馬鹿なまねをしない限り、虫の声の素の存在にたどり着く人は現れないでしょう。
遺伝子を操作して体を再構築させるのか、はたまたナノマシンを体内へ潜り込ませているのか。なんにせよ、虫の声の素はどんでもないテクノロジーであることに間違いありません。
とはいえ、本来鳴かない虫を鳴かせたり、元とは違う鳴き声に変えたりする効果そのものは、世界を変えるような影響力は持っていません。
虫本来の鳴き声でないのなら、録音された虫の鳴き声を聴いているようなもの。虫が生息できる環境を取り戻すのが本当の筋道です。ということで、虫の声の素の優先度は星
つです。