のび太が部屋で餅を食べていると、目を閉じたドラえもんがフラフラした足取りで部屋に入ってきました。ドラえもんはどこか様子がおかしくて、どういうわけだか餅をどら焼きだと思い込んで全部パクパクと食べてしまいました。
どうしてそんな変な感じになっているのか。それはドラえもんがひみつ道具の「立ちユメぼう」を使っていたからだったのです。
ドラえもんの「立ちユメぼう」は、立ったまま夢が見られる帽子です。
この帽子を頭にかぶるとすぐに眠りについて、周りの現実世界をリアルタイムでアレンジした夢を見ます。アレンジの種類は「かわいそう」や「冒険もの」などジャンルがいくつもあって、ダイヤルで自由に選べます。
「立ちユメぼう」が見せる夢の中で動くと、現実の体も同じ動きをするので、眠ったまま実際に歩いたりしゃべったりします。その様はまるで夢遊病(睡眠時遊行症)です。
望んだジャンルの明晰夢を見られるひみつ道具だよ!
なにそれ! 欲しい!
夢の中で動くと現実の体も一緒に動くよ!
じゃあ、いらない!
それが夢の中だと自覚して、自由に行動できる「明晰夢」を見られるひみつ道具には高い需要があるだろうに、「周囲の状況が夢に反映される」「現実の体も動く」という蛇足で台無しです。
「立ちユメぼう」を使っている様は、さながら夢遊病者か、はたまた違法薬物で幻覚を見ている人か。人前に出られたもんじゃありません。
そうなると自室で使うほかないので、夢の中でも外出できないし、自分以外の登場人物がいないシチュエーションに限られます。そんな不自由な夢の世界でいったいなにをやれっていうのか!
……夢の設定を「王族の暮らし」にして、豪華絢爛なインテリアや食事を楽しむとか?
いくらVRとは比べものにならない生々しさが夢にはあるといっても、しょせん幻です。現実においしい食事が出現する「グルメテーブルかけ」や、現実のものをデラックスに変える「デラックスライト」にはかないません。
夢と現実が中途半端にリンクしている「立ちユメぼう」は、どうにもこうにも活用方法が見いだしにくいひみつ道具です。
「立ちユメぼう」による夢は現実の状況を変換したもの。つまりその夢の中でなにかにぶつかれば現実でもぶつかっているし、どこからか落下すれば実際に落下しています。夢の中だからといって無茶はできません。
そもそも幻覚剤が効いているような状態だから、実情に沿った状況判断ができるはずもなく、慎重に行動したところで不安要素は残ります。
やはり「立ちユメぼう」を使いながら外出するのは身のためにならないでしょう。
瞬時に入眠して現実と地続きの夢を見る。そんな「立ちユメぼう」による夢を夢だと自覚できるのは予備知識があればこそ。なんの説明もなしに「立ちユメぼう」を使われたら、自分が眠りに落ちたことすら気づかないでしょう。
映画『ミッドサマー』の奇祭や漫画『ベルセルク』の“蝕”を再現したような、まがまがしい悪夢の世界に誰かを入り込ませたら……。
映画『ミッドサマー』予告編
アニメ『ベルセルク 黄金時代篇 MEMORIAL EDITION』第11話「蝕」予告編
普通の夢なら、それがどれほど恐ろしい悪夢だったとしても、目が覚めた瞬間からリアリティも記憶も急激に薄れていきます。
しかし現実とリンクしていて身体性もある「立ちユメぼう」の夢なら、本当の経験のようにまざまざと残り続けるかもしれません。トラウマを刻み込む強力な精神攻撃に成り得るでしょう。
「変な箱を頭にかぶって、目を閉じたまま、状況にそぐわない行動している人」がいたら、否が応でも注目を集めます。その「変な箱」が未来のひみつ道具だとはそうそう気づかれなくても、余計な詮索をされるのは困りものです。
そもそも夢は頭の中の現象だから本来なら人に知られようがないのに、「立ちユメぼう」が体まで夢にシンクロさせるせいで開けっぴろげです。
夢は実現しなければ、ただの妄想です。革命性なんてこれっぽっちもありません。それでも「ままならない現実より、すべてが思いどおりになる仮想現実のほうが良い」と考える人は多くいることでしょう。
VRシステムがこのままハイペースで進歩し続けたら、仮想現実にとどまる世捨て人が爆増する!? 「立ちユメぼう」の夢が頭の中だけで完結しないのは、依存性を抑えるための処置なのかもしれません。
HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を介した仮想現実ですら高い没入感があるのだから、夢を介した仮想現実の没入感はすさまじいでしょう。
「立ちユメぼう」の夢の世界が現実をベースに生成した複合現実なのがつくづく残念です。純然たる仮想現実を夢を介して実現するVR機器だったら良かったのに!
とはいえ斜め上をいくところがひみつ道具の魅力の一端だから仕方がありません。というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、「立ちユメぼう」の優先度は星 つです。