交通事故に遭った友達のお見舞いをした帰り道、ジャイアンがろくでもないことを思いつきました。車にぶつかりそうになっても身をかわせる訓練として、これからみんなで出会い頭に殴り掛かかることにしようと言うのです。
自分が集中的に狙われると怯えたのび太は当分のあいだ家から出ないと決め込みます。けれどドラえもんはのび太がジャイアンにやり返すいい機会だと考えて、ひみつ道具の“いないいないシャワー”を取り出しました。
ドラえもんのいないいないシャワーは、浴びた人の姿が目に見えなくなって、代わりに1.5メートルほど横へずれた所にその人の幻影が現れるシャワーです。
これは蜃気楼(しんきろう)と同じ理屈で、光の進行方向を曲げることで実現しています。
効果対象は人体と着衣です。いないいないシャワーをかけていない服に着替えても効果に影響しません(1)。手に持っている物は対象外です。
モードを「クリーニングシャワー」に切り替えて洗い落とすと元へ戻ります。普通のシャワーでは洗い落とせません(1)。
(1)原作でいないいないシャワーを使ったのび太がその晩にパジャマ姿で寝ているときにも効果が持続していたことから推定しました。
なんとも不思議なこの効果は、どうやら護身を目的としているようです。ジャイアンのような乱暴者につけ狙われても、幻影で目を欺けば身を守れるという寸法です。
でも姿を消せるのに、わざわざ幻影を出すメリットって? 護身目的なら“石ころぼうし”や“かくれマント”で完全に姿を隠したほうが確実です。無駄にリスク要因となる幻影を出す必要性は低いでしょう。
また、いないいないシャワーは効果を出すにも消すにも、シャワーを浴びなければなりません。効果の切り替えが面倒なので、普段使いには不向きです。使いどころの難しい、ニッチなひみつ道具だといえます。
いないいないシャワーの効果中に車がこちらに向かって来たとします。運転手があなたを轢(ひ)こうとしたら、幻影を狙うので本人は助かるでしょう。
でも普通によけようとしたら? よけた先がちょうどあなたのいる場所で、轢かれてしまうかもしれません。護身のためのひみつ道具なのに、交通事故に遭う危険度はむしろ高まってしまいます。
なにか悪事をしでかして警察に追われても、いないいないシャワーが効いていれば取り押さえられることはないでしょう。けれど追われた時点ですでに劣勢です。身元が割れてしまえば元も子もなくなります。
自分のすぐ近くに幻影が現れる以上、犯行そのものは隠し切れません。完全な透明人間になれるひみつ道具と違って、悪用性は限定的です。
幻影の動作がヒントになって、すぐ近くに本人がいることを、勘と観察眼の優れた人に見破られるおそれがあります。観察される時間が長引く状況は避けるべきです。
そもそも、物体をすり抜けてしまう「幻影」というあからさまに不自然な現象を伴ういないいないシャワーに秘匿性を求めるのは筋違いでしょう。
実際の像が見えなるなるほど完璧に光の進行方向をコントロールするテクノロジーは革新的です。だからといって、いないいないシャワー一つでなにか革命を起こせるかというと、それはまた別の話です。
「空を自由に飛べたらなあ」とか「時空を越えて旅できたらなあ」とかならともかく、「自分の姿を横にすこしずれて見せられたらなあ」という夢想を膨らませたことのある人が、この世にどれだけいるでしょうか。
いないいないシャワーの斜め上すぎる効果をきっちり活かせる場面は、本当にごく限られます。大抵の人は持て余すだけでしょう。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、いないいないシャワーの優先度は星
つです。