のび太が部屋に戻ると、ドラえもんがものものしい機械を操作していました。のび太に声をかけられた途端にドラえもんはそれをパッと“四次元ポケット”にしまってとぼけます。
そこでのび太はどら焼きでドラえもんの気を引いてその正体を聞き出しました。それはとても危険なひみつ道具だという“イキアタリバッタリサイキンメーカー”だったのです。
ドラえもんのイキアタリバッタリサイキンメーカーは、細菌のDNAを組み換えて、新種を作り出す実験装置です。
なにやら意味ありげなメーターやコントローラーがずらっと並んでいるものの、その名のとおり行き当たりばったりにしか作れません。どんな細菌になるかは運しだいです。
新種が誕生すると「チーン🔔」とベルが鳴って、その細菌が培養されている寒天培地の入ったシャーレが出てきます。
また、細菌を処分する殺菌灯が付属しています。原作で使われなかったため、その性能の程はわかりません。ドラえもんの口ぶりからすると、細菌を完全に死滅させられるようです。
人間の体には数え切れないほどの細菌が住み着いています。そしてその大半は互いに益のある「相利共生」です。人体に限らず、ありとあらゆる環境で共生している細菌なくして生態系は成り立ちません。細菌はそもそも有益だといえます。
しかもイキアタリバッタリサイキンメーカーによる細菌は、ときに超常的な化学反応をもたらします。健康や環境のさまざまな問題を解決してくれるかもしれません。
だからといって、行き当たりばったりで新種の細菌を作り出すなんてとんでもない!
他者に恩恵をもたらす細菌もあれば、破滅をもたらす細菌もあります。現代医学では治せない致命的な感染症を引き起こす細菌が生まれたら……。
たとえどれだけ大きなリターンを得られる可能性があったとしても、そんな深刻なリスクは許容できません。このイキアタリバッタリサイキンメーカーは、無闇に触れてはならない、禁断のひみつ道具です。
のび太がイキアタリバッタリサイキンメーカーに興味を示すと、ドラえもんはこう言いました。
これはとりあつかいをあやまると非常に危険なんだ。人類を絶滅させ……。
てんとう虫コミックス『ドラえもん』第20巻「へやいっぱいの大ドラやき」より
細菌やウイルスによる感染症の爆発的な流行、いわゆる「パンデミック」は、いつ起こるやもしれない、もっとも身近な人類滅亡の危機です。
強い感染力、長い潜伏期間、高い致死率という特性をもち、既存の抗菌薬が効かない新種の細菌が誕生したら? 人類がその存在に気づいたときには、すでに手遅れでしょう。
細菌やウイルスを利用した生物兵器は、非人道的――そもそも兵器に人道があるのか――とみなされ、使用はおろか貯蔵すら条約で禁止されています。
行き当たりばったりなイキアタリバッタリサイキンメーカーでは危険な細菌を狙って作り出すことはできません。それでも「死なばもろとも」の精神で自らの危険を顧みず延々と作り続ければ、人の命を奪う細菌がいつか生まれるでしょう。
破滅願望を抱く人の手にイキアタリバッタリサイキンメーカーが渡る事態はなんとしても避けなければなりません。
イキアタリバッタリサイキンメーカーはドラえもんの背丈(129.3cm)よりもある、けっこうなでかぶつです。その見た目もいかにも意味ありげだし、ちょっと人前には出せません。
とはいえ要の細菌は肉眼に見えないから、差し当たって人に知られることはないでしょう。
放射性廃棄物や温室効果ガスをまたたくまに分解する細菌によって環境問題が解決したり、人に感染してゾンビ化させる細菌によってゾンビアポカリプスが起こったり……。
世界を変える新種の細菌がイキアタリバッタリサイキンメーカーから生まれるかもしれないし、生まれないかもしれません。
ドラえもんはイキアタリバッタリサイキンメーカーで388種もの細菌を作りました。けれど、ただの一つとしてろくなのがなかったのです。行き当たりばったりじゃ、そんなものでしょう。
なんにせよ、人類ひいては地球が危機的状況に陥る可能性が少しでもあるからには、使うわけにはいきません。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、イキアタリバッタリサイキンメーカーの優先度は星世界を壊したい」入りです。
つ。願望別選別「