のび太は自転車に乗れません。でも左右に倒れる二輪の自転車と違って、四つ足で走る馬なら自分でも乗れるんじゃないかと考えました。
そんなのび太にドラえもんが貸してあげたひみつ道具が“はいどうたづな”です。
ドラえもんのはいどうたづなは、犬や猫などに「乗馬」できる手綱です。
この手綱をつけられた動物は、体格はそのままに、馬並みのパワーとスピードと丈夫さを獲得して、人を乗せて走れるようになります。
鳴き声まで馬そっくりに変わるから、気分はまさしく乗馬です。
犬や猫に人が乗って走らせる様子は、どう見たって動物虐待です。
「いや、未来のひみつ道具を使ってるから大丈夫なんです」と説明したって、信じてもらえずに、ますますヤバい人だと思われるのがオチです。人目は避けなければなりません。
けれども存分に乗馬を楽しめるほど広くて、なおかつ部外者が立ち入らないスペースなんて、そうそう確保できません。それこそ牧場主でもなければ、はいどうたづなをもらっても持て余すだけでしょう。
そういったスペースとさまざまな動物を自前で用意できるなら、乗馬のようで乗馬じゃない、新たなスポーツを満喫できます。
乗馬は元来危険を伴うスポーツです。馬をきちんと訓練してようやく最低限の安全性が保たれます。
野良猫などの人に飼いならされていない動物に、いきなりはいどうたづなをつけて乗るのは無謀です。
それに猫や小型犬に人が乗るのは体格的に無理があります。通常の馬に乗るよりもはるかに難しくて、落馬などの事故を起こすリスクもぐんと高まります。
あまりなめてかからないほうが身のためです。
馬との信頼関係があってこその乗馬です。たとえはいどうたづなの効力によって人に乗られる負担が軽減されたとしても、ねじ伏せて乗るのはいただけません。
はいどうたづなを使わなければ人の体重に耐えられない動物に乗って走らせたなら、誰が見てもその特異性は明らかです。
その手綱をつけるだけでどんな動物でも馬並みになるだなんて、いったいどういう理屈なのでしょうか。とてつもないテクノロジーです。
だからといって、はいどうたづなが1本あったところで、世界は少しも変わりません。
ちょっと費用はかさむけど、乗馬は誰だって習えます。動物に乗りたいだけなら、素直に乗馬クラブに通えば済む話です。
はいどうたづなが活躍するのは、「馬じゃ駄目だ。猫に乗りたいんだ!」とかなんとか、特定の動物に乗ることに執着がある場合に限られるでしょう。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、はいどうたづなの優先度は星
つです。