栗まんじゅうをにらみつけながら、のび太がなにやら深刻な面持ちで悩んでいます。どうしたことかと思いきや、その理由は「栗まんじゅうを食べたいけれど、食べるとなくなるから困った」というなんとも呆れたものでした。
これを聞いたドラえもんが「そんなことなら」と一度は取り出したものの、その危なさゆえに使うをためらったひみつ道具が“バイバイン”です。
ドラえもんのバイバインは、物体をネズミ算式に増やす液体です。
これを物体に1滴垂らすと、その物体は5分ごとに倍量になります。増えた分にも効果が継承されるため、倍々に増えていきます。
1個のものが30分たつと64個に、1時間たつと4,096個に、2時間たつと16,777,216個に増える計算です。
バイバインでかけた増殖効果は、それを食べることで消えます。
欲張りなのび太はバイバインで増やした栗まんじゅうを残して、もっと増やそうとしました。「残さず食べる」とドラえもんに約束したのに!
そのせいでまずいことになりました。栗まんじゅうの増えるスピードに食欲が追いつかなくて、食べきれなくなったのです。
このままでは一日と待たずに地球が栗まんじゅうで埋まってしまいます。ドラえもんはしかたなく小型ロケットで宇宙のかなたへ栗まんじゅうを投棄しました。
これで解決!? 本当に? 増殖し続ける栗まんじゅうは、その後どうなるのか。これが俗にいう「栗まんじゅう問題」です。
バイバインの効果は食べると消失します。これはドラえもんがのび太に「バイバインで増やしたものは残さないで食べること」と念を押したことからも明らかです。
それじゃあ、この「食べる」とは、いったいなんなのか。かじる? 唾液と混ざる? 胃酸に溶ける?
栗まんじゅうをたらふく食べたのび太たちの様子を確認すると、胃の中や口内や食道で増殖した気配はないし、かじりかけが増殖した気配すらありません。
あれ!? もしかして、一口でもかじれば増殖が止まるじゃ……。
このことから「対象物に大きな変化が生じるとバイバインの効果は切れる」と推定されます。
残った栗まんじゅうは、かじったり、踏み潰したり(食べものは大切にね!)すれば増殖を止められたのです。
それは「ドラえもんの気が動転していたから」でしょう。そもそも“タイムふろしき”で栗まんじゅうの時間を戻せば根本的に解決できたのに、そうしなかった時点で冷静さを失っていたのは明白です。
「宇宙へ打ち上げられた栗まんじゅうは、程なくして水分と空気が抜けきって、増殖が止まった」
これが当ブログ『もしも道具』における「栗まんじゅう問題」の見解です。
バイバインによる増殖を止めるには「大きく変化させる」、平たくいえば「壊す」必要があります。
簡単に壊せて、しかも壊れても問題ない物品となると、やはり食料品でしょう。食費を節約したり、高級品を増やして贅沢したり……。
値段は据え置きで、量がひっそり減らされている食料品が多い今の時代の家計を助けるのにうってつけです。
食料品以外だって、壊しても用をなす物品なら好きなだけ増やしちゃいましょう。
規格外の便利さです。それだけに危険性もまた規格外なことを忘れてはなりません。
「厚さ0.1mmの紙を26回折ると、その厚みは富士山の標高3,776mを超える」
これは倍々ゲームの面白さと怖さを物語る有名な話です。そしてバイバインが物体をどれほど爆発的に増やすかも端的に表しています。
簡単に壊せる物品だって、それが100万個あったら? 1個が100万個以上に増えるまでの時間はたったの100分です。もう手に負えません。
頑丈で壊すのが困難な物体にバイバインが掛かっちゃったら、もう世界は終わりです。
バイバインの取り扱いには厳重な注意が必要です。
それにバイバインの効果が切れる条件には謎が残ります。例えば皿によそったスープにバイバインを垂らし入れたらどうなるのでしょうか。元から定型のない液体に使った場合は、増殖を止められない恐れがあります。
バイバインの効果が及ぶ「1個の物体」の定義もあまりに漠然としています。
注意に注意を重ねても、想定外の事態が起こる可能性が残ります。思わぬことから地球を滅亡させてしまうかもしれません。
バイバインがあれば紙幣を複製し放題です。ただし増幅を止めるために一旦破くことになります。破れた紙幣は日本銀行などで交換しないと使えません。偽札ではない本物そのものとはいえ、記番号がダブっているから、早晩足がつくでしょう。
紙幣を複製するのは通貨偽造の罪にあたり、かなりの重罪です。お金を増やすなら素直に“フエール銀行”を使うべきです。
そしてバイバインといえば「地球滅亡」です。鋼鉄の塊にバイバインを使えば、急激な質量増加によりブラックホールが生まれて、地球はおろか太陽系ごと飲み込まれるでしょう。すべての人類を巻き込む究極の無理心中です。
物体が増殖する様は、一目でただごとじゃないと理解できます。とはいえバイバインは人前で使う必然性のないひみつ道具だから、秘匿性に大きな問題は生じません。
設備が整っていれば硬い物体でも増殖を止められるので、貴金属やレアメタルなどの資源を効率よく調達できます。バイバインを社会的に運用したならば、資源の価値が覆って、世界のパワーバランスが大きく変わるほどの影響を及ぼすでしょう。
バイバイン自体も「質量とエネルギーの等価性」を超越した、革命どころのレベルじゃない存在です。
バイバインは一個人で使うにはリスクが高すぎるひみつ道具です。取り扱い注意にも程があります。食料品を増やすことに関しては、ノーリスクかつ究極の使い勝手を誇る“グルメテーブルかけ”があります。
下手すると地球を滅ぼしてしまうのでは危なっかしくて使えません。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、バイバインの優先度は星
つです。