長年連れ添った夫婦が阿吽(あうん)の呼吸で互いの考えを推し量るように、のび太は自分の気持ちがドラえもんに通じてほしいと言い出しました。一瞬聞こえはいいけれど、要は口を利くのも面倒くさがっているのです。
あきれ返ったドラえもんがのび太に思い知らせようと貸し与えたひみつ道具が“テレパしい”です。
ドラえもんのテレパしいは、テレパシーの持ち主になれる椎(しい)の実です。
これを食べると、頭の中で思ったことが近くの人に直接伝わるようになります。このテレパシーは強制的かつ持続的、つまり思考がだだ漏れの状態です。しかも一方通行なので相手の思考は読めません。
効力の解消方法および持続時間は不明。これと同様に食べることで効果が生じる“アンキパン”の前例に倣って、テレパしいの効力もその成分が体内にあるうちは持続して、排泄すると解消されると仮定(1)します。
(1)原作エピソード「テレパしい」(てんとう虫コミックス第10巻)でテレパしいを食べたのび太にドラえもんが言った「いつまでもそのままでいろ」という捨て台詞は、効力の永続性を意味するのではなく、あくまで言葉の綾だと判断しました。
テレパシーが有用な能力とされているのは、なにを伝えるかを自由に制御できるのが前提だからです。頭の中がなにからなにまで伝わってしまうのでは話が違います。
テレパしいを食べたのび太は「言わぬが花、知らぬが仏」に反して散々な目に遭いました。そうなるとドラえもんが予想していたのは明らかで、どうやらこれは人を懲らしめるためのひみつ道具のようです。
しかし人間関係が決定的に壊れてしまうかもしれない状況に追い込むのは、懲罰にしてもひどすぎます。
植物状態の人に投与するのは例外的に有用かもしれません。実際には意識のある閉じ込め症候群だった場合、それが確認できるばかりか、意思の疎通まで行えます。
そういったレアケースでさえ使うのがはばかれるほど、「頭の中」という究極のプライバシーが侵害されるのは深刻なデメリットです。
頭の中で考えていることが常に本心だとは限りません。その大半は自分の答えがまだ出ていない暫定的な思いでしょう。
そういった未整理の気持ちをそのまますべて相手にぶちまけても、互いに望まぬ結果を招くだけです。
口が災いの元なら、テレパしいは大災難の元です。
テレパしいの効力を説明しないで誰かに食べさせて、その人の思考を勝手に読み取るのはかなり悪質です。
二人きりのときに使って秘密を引き出したり、大勢の前で頭の中を丸裸にして陥れたり……。なんにせよ許されることではありません。
思考を無の状態にするのは常人には不可能です。テレパしいを食べれば、テレパシーを周囲の人に常時送り続けることになります。そしてテレパしいのことも思わず考えてしまうでしょう。秘匿性は皆無です。
我々人類がいまだ進化の途上にあるのなら、いつかはテレパシーを獲得するのかもしれません。そう考えれば、テレパしいは人類を次の段階へ推し進める可能性を秘めているといっても過言ではありません。
とはいえテレパしいは消耗品です。1缶しかもらえないのでは、どうにもならないでしょう。
大抵のひみつ道具はあって当然の機能や効果が欠けています。それがひみつ道具の醍醐味(だいごみ)なのだけど、ことテレパシーに関しては伝える内容の取捨選択は絶対条件なのでこればかりは欠かせません。
テレパしいを選ぶのは、見えている地雷を踏むようなものです。というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、テレパしいの優先度は星
つです。藤子・F・不二雄先生は『SF短編』シリーズで同じテーマの物語「テレパ椎」を発表しています。
“テレパ椎”は身につけていると、周囲の人の思考と深層心理を読み取れるようになる、すこしふしぎなドングリです。
このテレパ椎を拾った25歳の自称イラストレーターの顛末を語る「テレパ椎」は、世知辛い人間模様を描いたほろ苦い秀作です。これに限らず『SF短編』シリーズは秀作ぞろい。漫画好きなら必読です。