秋も深まる年の瀬に、のび太がこの一年を振り返って、「やれなかったことが、いっぱいだ」とぼやきました。
冬にはスキー、春にはお花見、夏には海水浴をもっと楽しむべきだったと後悔するのび太のために、ドラえもんは「四次元ポケット」から「オールシーズンバッジ」を取り出しました。
ドラえもんの「オールシーズンバッジ」は、あたりの季節を変えるバッジです。
ダイヤルの針を春夏秋冬のマークに合わせると、半径3メートルがその季節になります。気温はもとより、植物は季節の花を咲かせ、冬には雪が降りだします。
ドラえもんは「オールシーズンバッジ」を大量に所持していました。そこで、もらえる個数は1ダース(12個)とします。
季節を自由に変えられる。逆にいえば、ずっと同じ季節のままにしておけます。春にした「オールシーズンバッジ」を身に着ければ、夏も冬もエアコンいらず。一年中、春の心地よい気候で過ごせます。
けれども3メートルの効果範囲が厄介です。自分だけじゃなく周囲にも影響が及ぶから、外を歩けば道すがらの春の花という花が咲くことに。花咲かじいさん(ばあさん)として余計な注目を集めてしまいます。
自宅で使うにしたって、集合住宅だと隣室にまで効力が届きます。「オールシーズンバッジ」を着けてる本人は一定の季節でも、隣室は部分的に室温が上がったり下がったり、花の鉢植えがあれば咲いたりしぼんだり。もはや怪奇現象。迷惑千万です。
仕方がありません、身に着けるのはあきらめて、隣室に影響が出ない所に設置しましょう。間取りしだいでは、それでも十分なはずです。
暑さ寒さに弱いペットを飼っているなら、とりわけ「オールシーズンバッジ」が活躍します。爬虫類なら冬場のヒーター、猫なら夏場の冷房等々。留守のあいだもペットのためにかさんでいた光熱費を丸々節約!
「せっかくのひみつ道具なのに、室温を調整するだけ?」と見切りをつけるのはまだ早い。「オールシーズンバッジ」を春にすると、またたくまに桜が満開に。ということは、季節の果実も一瞬で実ると推定されます。
プランターのトマトや庭のミカン類とかをいつでも収穫できる! ……かもしれません。「オールシーズンバッジ」がどこまで自然界をコントロールするのかを確認するためにも、試してみる価値はあるでしょう。
「オールシーズンバッジ」を冬に合わせると、たとえ屋内でも雪が降り出します。そうなると部屋が水浸しになって、家電が壊れたり、革製品が傷んだり、壁紙にシミが残ったり……。
もっと深刻なのが雪の重量です。降り積もって圧縮された雪はとても重い。冬の「オールシーズンバッジ」を部屋に置いたまま旅行や出張で長期にわたって家を空けたら、帰るころには床が抜け落ちているかもしれません。
そんなうっかりミスはしない? いや、のび太みたいなうっかりさんじゃなくたって、人はときに信じられないようなミスをするものです。「オールシーズンバッジ」を使うときは、雪の重量のことを忘れずに。
危険性は悪用性と表裏一体です。住宅密集地や集合住宅なら、「オールシーズンバッジ」による降雪は近所への嫌がらせになります。
未来のテクノロジーを使うにしては、しょぼいにもほどがある悪事です。ドラえもんもあきれてものが言えないことでしょう。
局所的に桜が咲いたり、紅葉したり、雪が降ったりすれば、いやがおうでも注目を集めます。その異変をしばらく観察していれば、現象の中心にいる人物が移動すると、現象も合わせて移動していることに気がつくでしょう。
集合住宅で「オールシーズンバッジ」を使って、効果範囲が隣室にはみ出たら、隣人は「壁の向こうから異様な冷気(暖気)が伝わってきてる」と不審に思うでしょう。
異変の中心にいる人物、異様な冷暖気を生じさせている隣室。そこに疑念が向かうのは必然です。人知れず使える場面は限られます。
「オールシーズンバッジ」の『ドラえもん』登場話でも、「オールシーズンバッジ」による異常気象にスネ夫一家が目を白黒させたり、挙句の果てにはニュースになるという有り様でした。
「オールシーズンバッジ」があらゆる環境を季節に基づいて制御できるとしたら、農作物の栽培サイクルを劇的に早められます。とはいえ12個の「オールシーズンバッジ」で賄える作付面積は高が知れます。「食料危機を一挙解決!」とはいきません。
また一口に「季節」といっても、地域によって気候はそれぞれ違います。雨期と乾期で劇的に環境が変わる地域などで使えば、より大きな影響を与えることになります。
それでもなお12個の「オールシーズンバッジ」では、社会に変革をもたらすにはまるで足りないでしょう。
のび太とドラえもんは秋の紅葉燃ゆる中山湖で、泳いだり(夏)、満開の桜に囲まれてお花見をしたり(春)、スキーを楽しんだり(冬)、四季折々のレジャーを一日で満喫しました。
人目だとかSNSの拡散だとかそんなものを捨て置けば、「オールシーズンバッジ」はアウトドアの楽しさを存分にブーストしてくれるでしょう。人に見せびらかすような真似をしない分には、案外それほど騒ぎにもならないかもしれません。
でもどうでしょう。人が、去る季節を惜しみ、きたる季節に胸を膨らませるのは、季節が巡り巡るからこそ。季節を自由に選ぶことには割と早く飽きてしまいそうです。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、「オールシーズンバッジ」の優先度は星
つです。