家をグラグラと揺らすほどの強風が吹き始めたのは、のび太がママに留守番を頼まれて遊びに行けずに退屈していたときでした。
このままでは家が潰れると思ったのび太が外へ飛び出すと、なぜだかそよ風一つ吹いていません。
その突風は、のび太の退屈しのぎとしてドラえもんが“さいなんくんれん機”で起こした見せかけの台風だったのです。
ドラえもんのさいなんくんれん機は、災害を疑似体験できる機械です。
再現できるシチュエーションは台風・洪水・地震・火事・雷の5種類(1)。いずれかの仮想現実をその場に作り出します。あくまでも仮想現実なので、実害は生じません。
再現する災害と開始時間は任意に指定できるほか、機械任せのランダム設定にして、よりハプニング性を高めることもできます。
(1)初登場したエピソードにおける設定。
さいなんくんれん機はその名前からして、防災訓練のためのひみつ道具です。
けれどさいなんくんれん機が現代のVR機器や立体映像装置をはるかにしのぐ常識外れのテクノロジーなのは誰の目にも明らかです。学校やら企業やらで実施される防災訓練にそんな代物を持ち出すわけにはいきません。
自分一人で防災訓練をするのもなんだから、一種のアトラクションとして楽しむ? それにしたってやっぱり一人じゃ冴えません。
残る活用方法は防犯です。さいなんくんれん機は開始時間をランダム設定にすると定期的に繰り返し実行されます。自宅を空ける際にこの設定にしておけば、空き巣などの侵入者を追い払えるでしょう。
さいなんくんれん機の作り出す災害はただの見せかけです。しかし、そうとは知らなければ現実としか見えません。
本物の火事だと信じ込んで、そこが高層階でも「焼け死ぬよりはマシだ」と窓から飛び降りる人がでるかもしれません。
不特定多数の人がいる場所でさいなんくんれん機を起動するのは危険です。
満員電車の車内が炎に包まれたら、我先に逃げようとした人たちでパニックに陥って、群集事故が起こるでしょう。圧死する犠牲者もでるかもしれません。
さいなんくんれん機を使えば、そんな悲劇を意図的に引き起こせます。
ただし自分が巻き込まれないように、事前に下車して、車内にさいなんくんれん機を置き去りにすることになります。事故現場から一般人が物品を回収するのは難しいでしょう。一回こっきりの蛮行となります。
なんにせよ、パニックを起こすようなさいなんくんれん機の使い方は許されません。
その場にいる人たちに周知しないでさいなんくんれん機を起動するのは犯罪的、かといって現代ではまだ手の届かない未来のテクノロジーを明かすわけにはいきません。
それなのに一人で使ってもあまり意味をなさないという手詰まり感があります。
防災訓練で世界に変革をもたらすシナリオは描けません。
本物と見分けがつかないほどリアルな仮想現実を現実空間に重ねるテクノロジーは応用範囲が広くて魅力的なものです。けれど特定の災害しか再現できないのではそんな魅力も半減。
せめて「ゾンビパニック」とか、遊び心のあるシチュエーションも欲しかった。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、さいなんくんれん機の優先度は星
つです。