どうにも勉強に身が入らずに、楽なほう楽なほうになびくのび太を見兼ねて、パパは「苦労はたくましい精神を育む」とお説教しました。
そこで珍しくお説教が身に染みたのび太が苦労に見舞われるひみつ道具をドラえもんにお願いして出してもらったのが“くろうみそ”です。
ドラえもんのくろうみそは、七難八苦を招く味噌です。
この味噌をなめると、なにをするにもひどく苦労する羽目になります。なめた量に比例して、乗り越えなくてはならない試練も増えます。
「若いうちの苦労は買ってでもしろ」とはいうけれど、苦労が必ず自分の糧になるとは限りません。人の心は複雑です。苦労のおかげで、人として成長することもあれば、性格がねじくれることだってあるでしょう。
ただでさえ人生経験に必要十分な苦難は訪れるものだから、わざわざくろうみそで余計な苦労をしょい込むのは被虐趣味が過ぎます。
くろうみそをなめたあとに目的を果たすには、いくつもの問題を解決しなくてはならないので、どうしても時間が掛かかります。
その最中に運悪く一刻の猶予も許されない緊急事態に見舞われたら、手遅れになってしまうでしょう。
味噌はさまざまな料理に使われる食品です。自炊している人にくろうみそを壺(つぼ)ごとプレゼントすれば、その人を苦難の渦に落とし込めるでしょう。
そこまでしなくても、くろうみそを普通の味噌と偽って人に食べさせて、無用の苦労を強いるのは随分な悪行です。
くろうみそは見ても食べても味噌そのもの。降りかかる苦労との因果関係も証明しようがありません。ひみつ道具だと信じてもらうほうがかえって難しいくらいです。
くろうみそによる苦労はごく自然な形で身に起こります。それはまるであらかじめ決められていた運命のようです。人知を超えた「神の見えざる手」が介在しているとしか思えません。
それでも苦労は苦労。くろうみそが世の中を変えることはないでしょう。
みずから苦労をわざわざ買って出ることには藤子・F・不二雄先生も懐疑的だったようで、原作エピソード「くろうみそ」はシニカルな結末を迎えます。
結果ではなく、苦労した過程を成果だと錯覚してはいけません。というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、くろうみその優先度は星
つです。