ミニスカートの流行が終わったのを知らずに、ファッショニスタのしゃれ子ちゃんのロングスカートを馬鹿にしたのび太とドラえもんは逆に笑われてしまいました。
家に帰ると今度は玉子(のび太の母)が「同窓会にはいていく流行りの丈のスカートがない」と大騒ぎ。玉子に八つ当たりまでされて、うんざりするばかりです。
そこで流行に関するちょっとした実験をしようとドラえもんが取り出したひみつ道具が“流行性ネコシャクシビールス”です。
道具名の「ネコシャクシ」は、「だれもかれも・なにもかも」を意味する慣用句の「猫も杓子も」のもじりです。
また「ビールス」は「ウイルス(virus)」の別表記です。そのため「流行性ネコシャクシウイルス」と呼称している媒体(アニメ版など)もあります。
ドラえもんの流行性ネコシャクシビールスは、流行を生み出すウイルスです。
これを数滴出して、流行させたいことを言い聞かせながら培養すると、感染した人がその流行に取りつかれてしまうウイルスになります。
流行性ネコシャクシビールスの症状は重く、発症した人はそれがどのような流行であっても、熱に浮かされたように追い求めます。
感染力も強力で、少しでも吸い込めば必ず感染します。ほとんどの人は瞬く間に発症するものの、潜伏期間には個人差があり、のび太は翌日に発症しました。潜伏期間は流行に関する感度と比例しているようです。
流行性ネコシャクシビールスの寿命は発症してからせいぜい一日です。体内のウイルスが死滅すると同時に治癒して、目が覚めたように流行に対する気持ちが冷めます。
風に乗せて散布すれば、広範囲にわたっていっぺんに感染を広げられます。人から人へは伝染しません。
流行は経済活動を活性化させる歓迎すべき現象です。しかし「意図的に作られた流行」の是非については意見が分かれるでしょう。いき過ぎた流行は、それに反発する人からのヘイトを集めてしまう危うさもあります。
いずれにしても「国民的な流行」といえる規模にまで拡大してこその話。流行性ネコシャクシビールスによる局地的かつ瞬間的な流行規模では高が知れています。
そもそもからしてウイルスで流行を強制する洗脳は、たとえ一時的だとしても許されるものではありません。
しいて挙げるなら、暴動が起こったときに「規律を守る」という流行で鎮圧するなど、事態の正常化が目的なら流行性ネコシャクシビールスによる一時的な洗脳も容認されるでしょう。
屋外に散布した流行性ネコシャクシビールスの行方は風まかせ。いつどこで誰が感染するかは予測不能です。感染者は道理を無視して流行に熱狂することも相まって、よからぬ事態に陥る危険性は非常に高いでしょう。
そして自分も感染対象であることを忘れてはいけません。散布するときは風向きに注意したり、マスクを厳重に着用するなどの感染対策が必須です。
マスメディアが自殺を報道することで、更なる自殺を誘発する現象を「ウェルテル効果」と呼びます。これもある種の流行です。流行性ネコシャクシビールスによる常軌を逸した流行ならば、おびただしい人数の自殺者を出せるでしょう。
ほかにも殺人をはじめとする凶悪犯罪を流行させたり、自分を流行の対象にして虜(とりこ)になった人々を好き放題にしたり……。理性を失わせる流行性ネコシャクシビールスの特性は、社会秩序を乱す悪用に向いています。
流行性ネコシャクシビールスを発症した人の流行に対する執着心は明らかに異常です。なにかしらの異変が起こっているのは非感染者なら誰もが気がつくでしょう。
けれどそれは表向きの現象にすぎません。異変の原因である流行性ネコシャクシビールスを観測される可能性は極めて低いでしょう。
まず、ウイルスを培養すれば量を増やしながら世代交代させられるので、流行性ネコシャクシビールスの問題である量と寿命についてはさしたる障壁になりません。有効なウイルスを大量に用意するのも容易です。
ウイルスの散布を継続することによって流行の長期化も可能です。そうやって感染エリアを広げて大衆を扇動していけば、いつしか非感染者にも流行が広がるでしょう。それが政治的な流行だったなら、文字どおりの革命まであとすこしです。
そこまで時流を動かすには組織的で大規模な運用が必要だけど、そういった恐ろしい力を秘めているひみつ道具であることに違いはないでしょう。
流行を意図的に生み出すのはオーケー。しかしそれは流行に乗るか乗らないかの選択の自由があってこそ。ウイルスで洗脳するなんてのはもってのほかです。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つだけもらえるなら、流行性ネコシャクシビールスの優先度は星
つです。この記事の「ゆっくり解説」版