寝ている時間がもったいないとドラえもんに訴えて、のび太は“眠くならない薬”をもらいました。けれどもいざ夜中に一人起きて過ごしてみると、退屈で仕方がありません。
そこで、ドラえもんをたたき起こしてさらに貸してもらったひみつ道具が“ムユウボウ”です。
ドラえもんのムユウボウは、「夢遊病」ならぬ「夢遊棒」、眠っている人を操れるスティック形のひみつ道具です。
操りたい人のそばで先端のマイクに向かって「○○さん。寝ながら起きなさい」と言うと、夢遊病(睡眠時遊行症)のように眠ったまま起き上がって行動し始めます。対象者が目覚めていた場合はなにも起こりません。
ムユウボウの支配下におかれた人は命令を聞くようになりますが、寝ぼけているので論理的な行動は期待できません。その間の記憶は夢として残ります。記憶のディテールや覚えていられる期間は、通常の夢と同じだと推定されます。
相手の気持ちを無視して意識のない状態で行動させるだなんて、身勝手にもほどがあります。どう言い訳しても正当化するのは無理筋というものです。
モラルを度外視しても、寝ぼけている人を支配下においたところで思いどおりにはならないのだから、有用性は高が知れています。
寝ぼけている人はときに予想外の行動をとります。ムユウボウで厳密に指令を出したところで望まぬ結果を招く可能性をゼロにはできません。取り返しのつかない事態すら起こりえるでしょう。
ムユウボウの効力は遮蔽物を通過して伝わるので、効果範囲にさえ入っていれば、寝ている人を建物の外からでも呼び出せます。つまりピッキングするまでもなく、住民みずからに鍵を開けさせられるのです。
不法侵入どころか、「ベランダから飛び降りなさい」と指令したら自殺に見せかけて命を奪うことすらできるかもしれません。
これらは対象者に論理的な行動を求めないため、対象者が寝ぼけたままでも指令を完遂する可能性は高いでしょう。
だいたいからして眠っている人を操ること自体がすでに悪行です。
ムユウボウが登場するてんとう虫コミックス『ドラえもん』第6巻のエピソード「夜の世界の王さまだ!」で、眠くならない薬を飲んで真夜中の街へ繰り出したのび太は「おきているのはぼくだけだ」と息巻きました。
しかし原作が描かれた70年代ならいざ知らず、24時間動き続けている現代社会では、深夜だからといって人目がないとは限りません。そこらじゅうに防犯カメラも設置されています。ムユウボウを派手に使い続ければそのうち足がつくでしょう。
ムユウボウの支配下におかれた人はその間の記憶が夢として残る性質も問題です。夢の記憶はえてして曖昧だけれども、そこからムユウボウの存在に気がつかれるケースもじゅうぶん考えられます。
催眠術が実在している以上、その延長線上にあるムユウボウはあながち荒唐無稽ともいえません。
まっとうな使い道がないどころか、拉致などの悪行との親和性が高いムユウボウは、もらってもただ物騒になるばかりです。というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、ムユウボウの優先度は星
つです。余談ですが、ムユウボウの姉妹品に当たる“ゆめふうりん”は、なにげに登場回数の多いひみつ道具だったりします。ゆめふうりんといいムユウボウといい、藤子・F・不二雄先生は眠っている人を操りたい願望がすこしあったのかもしれませんね。