名作と呼ばれる映画には、名曲の劇伴(伴奏音楽)がつきものです。映像作品における音楽の重要性を考えれば、それは必然というものでしょう。
悲しいシーンで泣くのをこらえていても、劇伴が流れたとたんに涙が流れてしまうのはよくあること。ホラー映画の恐怖感も劇伴と効果音によるものが大きいです。
それなら日常生活にも劇伴を添えてドラマチックにしよう! というひみつ道具が“ムードもりあげ楽団”です。
ドラえもんのムードもりあげ楽団は、人の気分を盛り上げる楽団ロボットです。卵に手足がついたような形で身長およそ15センチ。横笛とヴァイオリンとスネアドラムの3人編成(1)です。
対象者の後をついて回って、そのときどきの気持ちや場面に合わせた音楽を奏でることで気分を盛り上げてくれます。
その効力は「音楽の力」だとドラえもんが作中で断言しています。純粋に音楽だけで精神を誘導している(2)ため、ムードもりあげ楽団の効果の強さは、対象者がどれだけ雰囲気に乗せられやすいかに比例することになります。
(1)編成人数は初登場回に準じています。
(2)ドラえもんの発言に加えて、第30巻「ジャイアンテレビにでる!」や大長編『ドラえもん のび太の海底鬼岩城』において、単純に「音楽を演奏するひみつ道具」として使われていることも参考して、未知の力による心理操作はないものと判断しました。
せっかくママが手作りケーキを張り切って焼いたのに、のび太はそれを食べてもほとんどリアクションしませんでした。ドラえもんがムードもりあげ楽団を出したのは、のび太の気分を高めて、ケーキの感想をママへちゃんと伝えさせたかったからです。
「つまらないのかな。それとも怒ってるのかな。もしかして私のこと、嫌いなのかな」
感情表現が乏しいと、のび太のママががっかりしたように、一緒にいる人を誤解させることがあります。それもそれで人となりなので、一概に悪いとはいえないものの、損することが多いのは確かでしょう。
喜びを率直に伝えることは、すなわち愛想のいい振る舞いでもあります。それができるのは一つの才能です。
Nintendo Sixty-FOOOOOOOOOOUR
クリスマスプレゼントをもらった子供が全身全霊で喜びを表す。ただその様子を映しただけで、この動画は視聴回数が2千万回を超えました。数々のメディアで紹介されたほどの人気動画です。
こんなに喜んでもらえたら、プレゼントした側もさぞかしうれしかったことでしょう。喜びは伝染します。ムードもりあげ楽団を率いて生活したら、自分と周りの人の幸せをささやかながらも呼び込めるかもしれません。
問題は、人々がひみつ道具の存在を平然と受け入れる『ドラえもん』の世界とは違って、我々の暮らすこの世界ではひみつ道具が人目を引いてしまうことです。
足元を歩いてついて回って楽器を演奏する小型ロボットがいたら、それがなにより気になるはず。ムードもりあげ楽団を率いている人には、あまり目がいかなくなってしまうでしょう。ムードもりあげ楽団の効果は有用だけど、実用性はありません。
ムードもりあげ楽団はいい気分だけではなく、嫌な気分にも反応します。怒りや憎しみが助長されると攻撃的になり、悲しみや不安が助長されると内向的になります。それらはあまり好ましい精神状態とはいえません。
あくまで音楽の力による効果なので、これだけのせいで過ちに至ることはないでしょう。けれども傷害や自殺に踏み込む一歩手前まで思い詰めていた場合は、一線を超える最後の一押しになってしまうおそれがあります。
なにかと目立つムードもりあげ楽団は悪用に不向きです。
人に気づかれないようにするとき、まず注意しなければならないのが音です。音を鳴らしてなんぼのムードもりあげ楽団に秘匿性を期待するのは無理筋です。住宅事情によっては、自宅で一人で使うことすらはばかれます。
ムードもりあげ楽団の特筆すべき機能は、人の気持ちをくみ取ることです。いわゆる「空気を読む」という数値化の困難な分析を機械的に行っているのが革新的です。
人の感情を読み取ることは対話型ロボットにもっとも求められる機能です。現在進行形で発達を遂げている分野ですが、それでもムードもりあげ楽団ほど正確かつ迅速に感情を判断できるようになるまでには、まだまだ時間がかかるでしょう。
気分に添った音楽が自動的に流れるのはとても楽しそう。でもロボットを3体も引き連れるのは煩わしく思えます。実用性をとるなら、Siriのようなスマホの音声アシスタントが自動選曲してくれるのが理想的です。
それに秘匿性が皆無なので、使える場面がかなり限られてしまいます。というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、ムードもりあげ楽団の優先度は星
つです。