先生の説法が胸にジーンときたのび太は、同じ話を人に聞かせて自分のように感動させようとしました。
けれど「なにを話すか」より「誰が話すか」で聞き手の印象はガラッと変わるもの。のび太の話は誰もまともに取り合ってもらえませんでした。
そんなのび太のためにドラえもんが出してあげたひみつ道具が“ジーンマイク”です。
ドラえもんのジーンマイクは、人を「ジーン」と感動させるマイクです。このマイクが拾った音を聴いた人は、たとえその音がオナラだとしても、強烈に胸を打たれます。
ドラえもんによると「感動周波音波がでて、きく人の脳をゆさぶってジーンとさせる」(1)そうです。なおジーンマイクに触れている人は感動周波音波が効きません。
(1)てんとう虫コミックス『ドラえもん』第9巻「ジーンと感動する話」より。
機械的に呼び起こされた感動に価値はある?
例えば、ストレス解消を目的として意図的に感動の涙を流す活動、いわゆる「涙活(るいかつ)」は、感動に至った過程より、感涙したという結果が重視されます。
そんな涙活が一定の需要を集めているのだから、ジーンマイクによる感動がたとえ内容の伴わないものだとしても、価値は認められるのでしょう。
感涙によって人のストレスを解消させるすべとしてジーンマイクはうってつけです。
どんなドラマ(サイレント映画を除く)も名作に、どんな音楽も名曲に、どんな人――その人の中身が空っぽでも!――の話も名演説に早変わり。ジーンマイクがあれば音にまつわるすべてのものが輝き出します。
ただし! ジーンマイクはいわば催眠術なので、相手の承諾を得ずに使うのは重大なモラル違反です。
ジーンマイクによる感動は実に熱狂的です。たとえプラスの感情でも熱狂はときとして人を惑わせます。時と場所を選んで使わないと、期せずして大きな騒ぎになる恐れがあります。
まったくもって薄っぺらな言葉ですら、ジーンマイクを通せば神のお告げがごとし金言に聞こえます。
「言葉巧み」ならぬ「言葉稚拙」に人を虜(とりこ)にして、悪徳セールスやら振り込め詐欺やらなんやらと、やりたい放題です。
なんなら偽宗教をでっちあげて教祖として君臨して、巨万の寄付金を集めることすらたやすいでしょう。
ジーンマイクはなかなかに悪質なひみつ道具です。
ジーンマイクによる感動のさなかにいるあいだは、その感動に疑問――なぜ自分はオナラの音に感動しているの? とか――を微塵(みじん)も抱きません。しかし後から思い返せば不審に思うこともあるでしょう。
あまりに感動とかけ離れた音にジーンマイクを使うのは秘匿性の面で得策ではありません。
選挙演説にジーンマイクを使えば当選間違いなし。政治家になってからも演説のたびにジーンマイクを使えば、またたくまに頭角を現すことでしょう。
感動周波音波は放送機器を通すと効き目がない(と推測される)ため、「国民を一斉に感動させる」とはいかないものの、国を変えるほどの影響力を握る足掛かりになり得る力をジーンマイクは秘めています。
スピーカーの前にジーンマイクをセットしておけば、テレビや音楽を垂れ流しておくだけで、ずっと感動していられます。
でもそれってドラッグで多幸感に溺れるのとなんら変わりません。過ぎたるはなお及ばざるがごとし。というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、ジーンマイクの優先度は星
つです。