なんでもかんでもやりっぱなしでだらしないのび太に業を煮やしたママは、決まりを書いた紙を家のあちこちに貼り付けて、のび太がそれに背くごとにお小遣いから10円引くと宣言しました。
このままではお小遣いが全部なくなってしまうと嘆くのび太のために、ドラえもんが決まりには決まりで対抗しようと取り出したひみつ道具が“十戒石板”です。
ドラえもんの十戒石板は、人がしてはいけないことを定める石板です。これに戒めを彫りつけると、それを破った人に雷が落ちるようになります。
自然の雷とは違って、対象者の頭上近くから発生するため屋内にも落ちます。また、打たれても傷は負わずに、しばらく気絶するにとどまります。
その名のとおり戒めは10条まで有効です。
取り消す方法は不明。十戒石板を砕けば解除されると推定されます。
「ある日どこかの誰かが10条のルールを決めました。それからというもの、そのルールを破ると雷に打たれるようになったのです」
いやはやなんとも勝手な話に聞こえます。でも、そのルールがすでに広くコンセンサスを得られているものだったら?
十戒石板に「法律を破るな」と彫りつけたなら、守るべきは法律です。新たなルールを勝手に規定することにはなりません。
平和と秩序を守るために制定されたルールである(はずの)法律をみんなが守るようになれば、平安な社会を実現できます。
ただしそれが人類にとって望ましい未来かと問われると……。
人々を落雷で脅して法の遵守を無理強いする社会は、「ユートピア」ではなく、「ディストピア」です。目的が清廉でも、手段がゆがんでいては元も子もありません。
どんな目的に使うにしろ、十戒石板の「雷を落とす」という効力は行き過ぎでしょう。
十戒石板が雷を落とす際、対象者の置かれた状況は考慮されません。始まりは一人の気絶でも、場合によっては大きな事故につながります。
地下鉄の駅にあるような長いエスカレーターに乗っている人が対象者だったら、気絶して倒れた勢いで下方の人たちを巻き込んで、大勢が転げ落ちてしまうかもしれません。
「ルールを破れば即落雷」という雑な仕組みは、なにを引き起こすか分からない危うさがあります。
慈しむな、信じるな、敬うな、欲望を抑えるな――。
「神の十戒」ならぬ「悪魔の十戒」を打ち立てたなら、人類を破滅の道へ向かわせることになるでしょう。
人が落雷に打たれるなんて大ごとです。注目度もニュースバリューも高いから、世界各地で多発すれば大々的に報道されるでしょう。
すぐに情報が共有されて、それがただの雷でないことも、特定の条件で落ちることも、いずれ明らかにされるはずです。
そして『ドラえもん』のファンたちが「十戒石板のせいだ」と騒ぎ出すかもしれません。狂信的に十戒石板を捜す人が増えることも考えられます。
落雷と十戒石板との因果関係を示す手掛かりがないからといって油断せず、念には念を入れて、十戒石板を人に見せない・教えない・ほのめかさないようにしましょう。
十戒石板を取り出したドラえもんは手始めに「のび太の小づかいをへらすな」と彫り入れました。そんな限定的なルールであれば社会はなにも変わらないけれど、誰もが違反者になり得る厳しいルールだったなら、その影響力は計り知れません。
十戒石板のモチーフが「モーセの十戒」であることは瞭然です。神が与えたとされる戒めを制定して、それを破った者には「天罰」を思わせる落雷を食らわせる。そんな力を人ひとりで振るおうだなんて、おこがましいにもほどがあります。
バトル漫画で「神にでもなったつもりか!」と主人公に言われた挙句に倒される悪のラスボスみたいです。
それでもなお、「無法者を懲らしめてなにが悪い!」と考える人も多いでしょう。なにせ世の中には痛ましい事件がごろごろしています。十戒石板で悪事を抑止すれば、善良な人ほど生きやすい社会になります。
さて、あなたなら十戒石板にどんなルールを彫りつけますか?
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、十戒石板の優先度は星世界を壊したい」入りです。
つ。願望別選別「