「長い物には巻かれよ」の精神を地で行くスネ夫が今日も人をおだてては取り入っています。さらには嘘で上辺を飾り立て、利己主義の顔を隠す「いい子」の仮面をかぶっていることにみんなは気づきません。
そんなスネ夫に玉子(のび太ママ)もすっかり騙されて、のび太に「スネ夫さんを見習いなさい」とお説教までする始末です。
スネ夫のとばっちりをほかにも食らって悔し泣きするのび太のために、ドラえもんが出してあげたひみつ道具が“ウラオモテックス”です。
ドラえもんのウラオモテックスは、人の裏の顔を表に出させるひみつ道具です。
このおよそ8センチ四方のシートを体に貼ると、その人は今まで裏でこそこそやっていたことや、建前に隠していた本音を大っぴらにするようになります。
体のどの箇所でも、服の上からでも、貼れば効果が生じます。
本音と違う建前を繕うのは、必ずしも自分のためだけとは限りません。
スネ夫のお世辞に気分を良くしていた玉子は、ウラオモテックスを貼られたスネ夫に本当のことを言われて恥ずかしい思いをしました。
これに限らず、建前が人間社会の潤滑油として機能している場面は多くあります。無暗に裏の顔を暴くと、メリットよりもデメリットが上回るでしょう。
いっさいの嘘偽りがないことを相手に求めて当然の場面、たとえばなにか重大な契約を結ぶ際などにウラオモテックスを貼るのは有用です。
なんであれ強制的に裏表をなくさせるのはモラルに反しているので、よほどのことでなければウラオモテックスを使うことは正当化できません。
あなたがウラオモテックスを貼ろうとしているその人は、あなたを思うからこそ隠していることがあるかもしれません。
とんだ藪蛇(やぶへび)になる危険は大いにあるでしょう。
恋人や配偶者の浮気を疑って、ウラオモテックスを貼りたくなるかもしれません。でもそれはスマホの盗み見よりひどいプライバシー侵害です。
相手の承諾を得ずにウラオモテックスを使うのは、無理やり心を丸裸にするという蛮行です。
二人きりのときならまだしも、職場や学校で誰かにウラオモテックスをこっそり貼るのはもっと悪質です。
友達でも家族でもない社会集団の中で「ありのままの自分」にされたなら、おおよその人は二度とそこに顔を出せなくなる醜態をさらす結果となるでしょう。
ウラオモテックスの外見は、オーパーツ然とした要素がいっさいなく、捉えどころがありません。また、たとえその効力が超常的だとしても、表面化するのは「人が本性を現す」という日常でも起こる得る状態だけです。
それと知らなければ、まさかドラえもんのひみつ道具による騒動だとは誰も思いもよらないでしょう。
公明正大であることが絶対条件の職業、たとえば司法や行政に携わる人の職務中はウラオモテックスの貼り付けを義務とすれば、社会がガラッと変わるかもしれません。
もちろんそれはウラオモテックスが量産されたらの話。ドラえもんからもらった一枚だけではどうにもなりません。どのみちウラオモテックスを受け入れる政治家など、ただの一人もいないでしょう。
原作でウラオモテックスを貼られたスネ夫は小学生だったから、裏の顔もたかが知れていました。しかしこれが大人の裏の顔となると……。見せられるほうも辛い、という誰も得をしない気まずい状況を招くだけに思えます。
それにスネ夫の人との関わり方はたしかに問題があったけれど、のび太が見習うべき部分もありました。円滑なコミュニケーションのためなら、ある程度の裏表は許容されるでしょう。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、ウラオモテックスの優先度は星
つです。