人形がどこか不気味なのは、それが人の似姿だからでしょうか。『チャイルド・プレイ』や『デッド・サイレンス』など、人形にまつわるホラー映画は跡を絶ちません。『ドラえもん』に登場する“正直太郎”も、そんな恐怖と紙一重の奇っ怪な人形です。
ドラえもんの正直太郎は、手にしている人が思っていることを包み隠さず正直にしゃべってしまう人形です。
機能のオンオフを切り替えるスイッチがないため、手にしている限り正直太郎を黙らせることはできません。
原作では、好きな人の前に出ると途端にしゃべれなくなる気の弱い玉夫おじさん(1)が、告白できるように使おうとしました。
けれど言葉が選べない正直太郎を自分に使うのは、メリットよりリスクが上回ります。自分ではなく、相手に真意を明かさせたほうが使い勝手がいいはず。
それにしたって頭の中で考えていることを人形がしゃべりだしたら気味が悪くて思わず放り投げてしまうだろうから、真意のすべてを確かめるには至らないでしょう。
正直太郎が本領を発揮するのは、強制的に尋問するときです。相手を拘束して正直太郎をくくり付ければ、どんなことでも自白させられます。ただし、非人道的であり、余程のことがない限り許されることではありません。
(1)玉子(のび太の母)の弟。余談ですが、玉夫もメガネをかけています。のび太の近眼は母方の血筋のようです。
正直太郎は機能をオフにすることができないので、持ち歩いているあいだは自分の頭の中がだだ漏れです。人に渡すときも、その意図がバレてしまいます。自分が「サトラレ」になることを望む人はいないでしょう。
また、親しい人が心に秘めている、知らないほうが幸せな想いを知ってしまうおそれがあります。
なにを話し、なにを話さないか。その選択の自由は人間社会において当然の権利です。その選択権を侵害することは、人権と心を踏みにじることに他なりません。
正直太郎から数メートル離れている人でも、その声を余裕で聞き取る描写が原作にあります。ただでさえ「しゃべる人形」は人目を引くのに、声量もあるのでは目立って仕方ありません。
それにそのしゃべっている内容が「手にしている人が思っていること」なのも本人ならすぐに気づくこと。誰もが一発で正直太郎の機能を見抜くでしょう。一旦機能を見抜かれたら、ごまかしもききません。なにせ機能をオフにできないのですから。
脳に関する研究は、日々進歩し続けています。未来永劫に実現不可能だと思わせる荒唐無稽なひみつ道具が多い中、正直太郎は割かし現実味があるように思えます。
実現した暁に待っているのはユートピアかディストピアか。どちらにせよ社会に大きな影響を与えるのは間違いないでしょう。
プライベートなことに正直太郎を使うのは、はばかれます。けれど高額な契約をするときになど、実務的な案件に使うならそこまでモラルに反してない。というのは調子がいい解釈でしょうか。
どのみち正直太郎が人前に出せば面倒な噂は避けられない世にも奇妙な存在である以上、モラルの件をさておいても、使いどころはほとんどありません。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、正直太郎の優先度は星
つです。