あやとりが得意でスポーツが苦手なのび太は、あやとりが「女らしい」とされて、スポーツが「男らしい」とされる世の中の在り方に疑問を覚えました。
そこでドラえもんが取り出したひみつ道具が“オトコンナ”です。
ドラえもんのオトコンナは、男性を女らしく、女性を男らしくするスプレーです。用量はごく微量です。そのため風に乗せて散布すると、広範囲にわたっていっぺんに効果が生じます。
さて、「女らしさ」や「男らしさ」とは、人それぞれの見解に基づく流動的な観念です。不変的な基準がないことから、オトコンナでは対象者なりのジェンダー観に倣った言動になると推測されます。
効果の持続時間および解消方法は不明。当サイトでは、持続時間はおよそ一日で、効果が生じてから改めてオトコンナを吹きかけられると元に戻ると仮定します。
そしてベースとなる性別は、肉体的なものではなく、その人が認識している性別、いわゆる「性同一性(性自認)」に基づくと仮定します。
オトコンナを吹きかければ、その人がもっている「異性のあるべき姿」という観念を垣間見られます。
ジェンダー観が食い違う相手と結婚や事実婚をすると、不本意な役割を求められて辛い思いをする羽目になりかねません。
オトコンナを使って相手の心根を探るのはモラルに反した邪道だけれども、結婚生活のすれ違いは互いに望まぬところだから、ぎりぎり許されなくもない⁉
噴霧したオトコンナは広範囲に拡散します。使用する際は噴射する量や風向きに気をつけないと、予定外の人にまで効果が広がってしまいます。当然自分も対象者になり得るので注意が必要です。
人がどのような男性像や女性像をもっていようが個人の自由です。逆にいえば、その価値観を人に押しつけるのは許されません。それなのに最大公約数的な「らしさ」を守ることが、ある種の社会規範として暗に求められています。
そのせいでLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)の多くが、いじめの被害に遭っていることが複数の調査(1)で明らかになっています。
これはオトコンナの効果が生じている人が学校をはじめとする団体にいれば、かなりの確率でいじめの対象になるということ。LGBTに対する偏見を利用して人を陥れるだなんて、二重の意味で悪質極まりない所業です。
(1)【調査事例】日本の学校におけるLGBT生徒へのいじめと排除 | HRW
誰かの言動が異性のように突然変わったとして、それが未来からもたらされた未知のテクノロジー「ひみつ道具」によるものだと考える人がはたしているでしょうか。
ただしオトコンナを広範囲に散布して、一度に大勢の人に効果を及ぼすと、大きな注目を集めてしまいます。さすがに節度は必要です。
「男と女はかくあるべし」という暗黙の同調圧力に「男があやとりに夢中になってなにが悪い!」と反発したのび太のために、ドラえもんはオトコンナで町中の人のジェンダーを逆転してみせました。
あくまで「逆転」だから、ジェンダーにとらわれていることに変わりありません。それでも無自覚なジェンダー観を白日の下にさらすことは、性に対する固定観念を見つめ直す機会になるでしょう。
けれどもそれはあまりにも乱暴な社会実験です。かえって態度を硬化させる人も少なくないはず。原作エピソード「オトコンナを飲めば?」でも、結局なにも解決しませんでした。
「女子力」だとか「男のくせに」だとか、普段なんの気なしにこぼれるジェンダー観の押しつけを煩わしく思うのは、のび太だけではないでしょう。でもそんな鬱屈をオトコンナで晴らせるかというと、そううまくはいかないように思えます。
興味深いけれど、唯一のひみつ道具として選ぶには至らない。というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、オトコンナの優先度は星
つです。