野比家の台所事情は厳しくて、このところのび太とドラえもんのおやつが貧弱です。それに引き替えてスネ夫の今日のおやつがメロンだと知った二人は、とても羨ましく思いました。
そこでドラえもんが取り出したひみつ道具が“おすそわけガム”です。
ドラえもんのおすそわけガムは、食べたものを空間を越えておすそ分けする板ガムです。
このガムを千切って何人かで分け合って噛(か)むと、それからしばらくのあいだ、各自の味覚がほかのメンバーに伝わるようになります。
味、舌触り、歯応え、香り、温度がありありと伝わってきて、実際には食べてもないのにおなかが膨れたようにすら感じます。そして食事をした当人は、その分だけ味覚が目減りします。
効力の持続時間は不明。ここでは1時間と仮定します。またドラえもんからもらえる枚数は10枚とします。
未来の世界で知育菓子として子供たちに楽しまれているだろうおすそわけガムに実用的な使い道を求めるのはお門違い。これは単純に気の合う仲間たちとキャッキャ言って楽しむほかないでしょう。
かといって「空間を越えて味覚を伝わらせるガムなんだ」なんて馬鹿げた話は友達相手でもむやみに言えません。
なにか美味しいものを食べに行こうとしている人に、おすそわけガムを説明しないで噛ませて、空間を越えた盗み食いをする? いやはや、それはいくらなんでもさもしい。
それに1枚のガムを切り分けて配った時点ですでにみみっちくて引かれそうです。
おすそわけガムが現実的ではないここ現代では、どうにも使いようがありません。
みんなのおやつを味わいたくて、のび太は手当たり次第におすそわけガムを配りました。もらったうちの一人、ジャイアンはそんなのび太の行動を怪しんで、おすそわけガムを野良犬にやったのです。
その野良犬が生ゴミをあさって食べ始めたからさあ大変。のび太は生ゴミを味わう羽目になりました。
これは極端な事例だけども、おすそわけガムをシェアした人が自分にとって望ましいものだけを食べるとは限りません。
食べ物の好き嫌いが激しい人はおすそわけガムを噛まないほうが身のためです。
おすそわけガムの効果中に食事をすると、満足感がおすそ分けした分だけきっちり減少します。デメリットが生じるからには、相手に効力を明かさずにおすそわけガムを噛ませるのはいただけません。
とはいえなんともしみったれた仕業で、わざわざひみつ道具を使ってまでしてやることではないでしょう。
「なんだか味が薄いな」と気づいても、直前に噛んだガムのせいではなく、単純に味付けが薄いのだと考えるのが普通です。
原因を深く追及されるほどの現象でもないし、効力もほどなくして自然に切れます。1枚の板ガムをちぎって分け合うという印象的な発動条件の割には、秘匿性は高めです。
たった何枚かのおすそわけガムをドラえもんからもらったところで、歴史が変わるようなことはないでしょう。
ガムの市場は年々縮小していて、今ではもうガムを噛んでいる人をあまり見かけなくなりました。あってもほとんどが粒ガムで、おすそわけガムのような板ガムは絶滅寸前です。
ただでさえ縁遠くなった板ガムなのに、その上ちぎって分配するなんて不自然で怪しさ満点です。これでは使いにくい。消耗品というハンデを乗り越えるだけの訴求点は見いだせません。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、おすそわけガムの優先度は星
つです。