今日もまたママと言い争いになったのび太は、とうとう家出を決意しました。さりとて観たいテレビ番組が始まる夜6時までには家に帰りたくて、短時間の家出でママを心配させる方法はないかと、ドラえもんに相談しました。
そこでドラえもんが取り出したひみつ道具が“時間ナガナガ光線”です。
ドラえもんの時間ナガナガ光線は、時間を長々と感じられる光線銃です。
これの光線を浴びると、10分があたかも1時間に感じるようになります。変化するのはあくまで体感時間です。
対象者は実際の経過時間を頭では理解しているのに、どうしても6倍の時間が経ったように思えてなりません。その感覚は強烈で絶対にあらがえません。
効果の解除方法は不明。当サイトでは“スモールライト”の前例に倣って、効果を解除する光線も出せると仮定します。
ドラえもんによると時間ナガナガ光線は「楽しいことを時間たっぷりかけて味わうための機械なんだ」(1)とのこと。
確かに楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます。そこで時間ナガナガ光線で体感時間を延ばせばたっぷり楽しめる――って本当に?
退屈な時間は長く感じます。裏返せば、時間を長く感じたとき、人は退屈します。
例えば映画。2時間の上映時間が12時間に感じたら、どんな傑作でも間延びした駄作に思えるでしょう。映画に限らずとも、テンポが面白さに関係することは軒並みつまらなくなってしまいます。
したかって時間ナガナガ光線が有意義に働くのは、ゆったり、まったり、のんびりしたい退屈上等の場合です。
人間関係に疲れて一人になりたいときとか。休日に18時間起きているとして、6倍で丸4日半。人恋しくなるには十分な期間です。
時間に追われる生活から開放――たとえそれが気分的なものでも――されるのは、得難い休息となって、また次の一歩を踏み出す力となるでしょう。
(1)てんとう虫コミックス『ドラえもん』第25巻「のび太のなが~い家出」より。
時間ナガナガ光線の効力はデメリットも大きいけれど、いつでも解除できる(と推測される)から、これといった問題は起こりません。
自分が心からやりたい仕事に就けている人は幸運です。「もしも宝くじで大金が当たったら今すぐにでも仕事を辞めたい」という人は少なくないでしょう。
そういった不本意な日々になんとか折り合いをつけて暮らしている人に時間ナガナガ光線を浴びせたら?
週休2日制でも5日×6で30日。長い長い1日を繰り返しながら、休みなく1か月も働き続けるように感じます。早晩心が折れてしまうでしょう。
人の体感時間を外から知るすべはありません。
雑踏に紛れて誰彼かまわず時間ナガナガ光線を浴びせまくったなら、謎の精神疾患として、社会問題になるでしょう。
しかしそれはなんの方向性もないただの混乱です。発展や変革には到底つながりません。
実情をよそにして、いたずらに体感時間だけを延ばしても、メリットよりデメリットが上回るでしょう。
また神秘主義との親和性も高く、偽りの悟り「魔境」に陥る危うさも感じます。
「時間ナガナガ光線」という間の抜けた名称とは裏腹に、かなり尖(とが)った効力だといえます。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、時間ナガナガ光線の優先度は星
つです。