健康のためにのび助(のび太パパ)が始めた毎朝のランニングは、三日と続きませんでした。
野比家の暮らしのためにもパパには健康でいてもらわないと困る、というのび太の考えに賛同したドラえもんが取り出したひみつ道具が“ムリヤリトレパン”です。
ドラえもんのムリヤリトレパンは、人を無理やりランニングさせるトレーニングパンツ(1)です。
これをはくと、走らざるを得ない事態に次々見舞われます。原作でのび助がはいたときは、イヌに追われ、ハチに追われ、暴漢に追われ、酔っ払い運転の車に追われ、といった具合でした。
のび助はムリヤリトレパンを脱いだあともしばらく走る羽目になりました。これは物語のオチとなる皮肉と判断し、ムリヤリトレパンの効力は着用中のみ生じるものとします。
(1)ここではスポーツ練習用のボトムスのこと。
ダイエットや体力づくりにランニングが効果的だと頭でわかっていても、気持ちがついていかなくて、そうやすやすとは始められないものです。
そんなとき、背中を押してくれるなにかがあれば……。でもムリヤリトレパンは「背中を押す」じゃなくて「尻を叩く」、いや「尻にムチ打つ」といった感じで、あまりにも乱暴です。
のび助の例を見てなお「それでも使う!」というほどの決心があれば、ムリヤリトレパンなぞ使わなくともランニングを継続できるでしょう。
同じ「走る」でも、なにか好ましい状況で気分が上がって「走らずにはいられない」のと、なにか切羽詰まった状況に陥って「走らなくてはいけない」のでは大違い。
残念ながら、ムリヤリトレパンが招くのは後者の事態です。よってかなりのリスクを負うことになります。
よしんばそれらの事態から逃げ続けられたとしても、今度はオーバートレーニングになる罠が待ち受けています。
いつでもどこでもムリヤリトレパンを脱ぎ捨てられるように、必ず中にも外着をはいておきましょう。
ムリヤリトレパンが招いた事態は、ムリヤリトレパンを脱げば過ぎ去ります。しかしそうと知らなければ、まさかそれがトレーニングパンツのせいだとは気づきようがありません。
誰かにムリヤリトレパンをあげたり貸したりしてその人がはけば、体力の限界を超えて倒れるまで走り続けることになるでしょう。真夏だったら熱中症で死亡する恐れすらあります。
ムリヤリトレパンの魔の手から逃れるすべを教えないで人にはかせるのは、許されない所業です。
ムリヤリトレパンの見た目は「ダサいジャージ」の一言。悪目立ちはしても、その特異性は見て取れません。
また「走らざるを得ない事態」も自然な形で起こるため、それが外的要因による意図的なものだとは、第三者が知る由もありません。
問題は継続して使うと「いつも走って逃げている人」と認知されてしまうこと。そこから「ドラえもんのひみつ道具」という真実にはたどり着かれないにしても、変な形で有名になるのは困りものです。
一見なんの変哲もないトレーニングパンツをはいただけで、身の回りの状態に影響を及ぼし、特定の事象をもたらす。これはまごうことなき超常現象です。いったいどんな仕組みで実現しているのか見当もつきません。
だからといって一着のムリヤリトレパンが世界を変えるかというとそれはまた別の話。人間社会に与える影響はごく限定的でしょう。
トレーニングパンツ略してトレパンは、「スポーツ練習用のボトムス」、もしくは「幼児のトイレトレーニング(おむつはずれ)用のパンツ」のことです。
ムリヤリトレパンが登場する原作エピソードが描かれた1978年当時には、前者の意味しかなかったようです。しかし現在では後者のイメージが優勢でしょう。
英語圏で「training pants」はトイレトレーニング用パンツの意味しかないので、当然の成り行きともいえます。
ランニングは自分の意思で継続することも含めてのトレーニングでしょう。無理やり走らされるのでは余計なストレスがたまります。
しかもムリヤリトレパンを使えばオーバートレーニングになるのが目に見えています。度を越した運動は体を痛めるだけ。まさに「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」です。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、ムリヤリトレパンの優先度は星
つです。