のび太は誰にも邪魔されずに居眠りしたくって、自分の部屋に鍵をつけたいとママに頼みました。けれどのび太のサボり癖を承知のママがそんな頼みを聞き入れるわけがありません。ぴしゃりとはねつけられました。
がっかりしたのび太が部屋に戻ると、なんと都合のいいことか、折りたたみ式の家と思わしきひみつ道具が置いてありました。
ドラえもんがくれたのだとのび太は喜び勇んで、さっそく空き地に建てに出かけます。でもそれは居眠り用の家なんかじゃなくて、“ドロボウホイホイ”だったのです。
ドラえもんのドロボウホイホイは、泥棒を捕獲する家です。
「家」といっても中身は空の張りぼてで、内側が強力な粘着シートになっています。要するに馬鹿デカい「ごきぶりホイホイ」です。
使用前は平たく1畳ほどに折りたたまれていて、端を開くと自然にムクムクピョコっと広がって完成します。
なぜだかフラフラと入りたくなる不思議な誘引力で人を誘い込みます。この誘引力は人の「とる」という言葉や気持ちに反応して強まると推定されます。
外側から壁を外して広げると、誘引力は消えます。
取る・採る・捕る・盗る。一口に「とる」といっても、さまざまな意味合いがあります。なのにドロボウホイホイときたら、それらを一緒くたに扱います。
のび太が空き地に建てたドロボウホイホイが捕獲したのは、牛乳の宅配業者とか新聞の勧誘員とかの罪のない――新聞勧誘については思うところのある人も多いだろうけど――人ばかりでした。
これじゃあ「ドロボウホイホイ」じゃなくて「ニンゲンホイホイ」です。
ドロボウホイホイは、屋外に建てて、世に潜む泥棒をおびき出すひみつ道具ではないようです。家を留守にする際に室内に建てて、空き巣を捕まえるのが本来の使い方なのでしょう。
その目的からして「犯罪者を選択的に捕獲する」という特性は必須です。それをおそろかにしているドロボウホイホイは、ずいぶんお粗末な代物です。
ドロボウホイホイの防音性は完璧です。中の音は少しも外に聞こえません。泥棒が集団だった場合、先に捕まった泥棒が助けを呼んだり警告を出したりできないようにして、一網打尽にするためでしょう。
もしもあなたが自分で設置したドロボウホイホイの近くでうっかりなにかを「とろう」としたら、そのときスマホを手に持っていなかったら、これがなんたるかを誰にも教えてなかったら……。
人間は水を飲めないと一週間も生きられません。ドロボウホイホイに捕らわれたが最後、助けを呼べないまま重度の脱水症に陥って死んでしまいます。
急に連絡のつかなくなったあなたを心配した人たちが安否確認に訪れたら、彼らもまたドロボウホイホイに捕獲されるでしょう。
幸運にもスマホを操作できる状態で粘着シートに張り付く人が出るまで、この悪夢は終わりません。
あなたの身を案ずる人たちを道連れにして死にたくなかったら、ドロボウホイホイを解体する方法を身近な人にあらかじめ教えておく――いや、そもそもドロボウホイホイなんて使わないほうが身のためです。
初見でドロボウホイホイの壁を外して広げる人がはたしてどれだけいることか。
心霊スポットになっている廃屋にでもドロボウホイホイを設置すれば、肝試しに訪れた人たちを閉じ込めて、死ぬまで逃がさない無差別殺人事件に発展します。
ただしドロボウホイホイは使用前の畳まれた状態でも1畳ほどもあります。誰にも見られず、防犯カメラにも映らずに、運び入れるのは困難です。そして当然ながら事件の証拠となるドロボウホイホイ本体が現場に残ります。
これを悪用したならば、必ずやその報いを受けることになるでしょう。
空き巣対策として留守の家に設置するだけなら、ドロボウホイホイの秘匿性に問題はありません。
ドロボウホイホイを開いてしまえば、その不思議な誘引力は消えて、ただの粘着シートになります。捕獲した空き巣を警察に引き渡す際も、まさかそれがひみつ道具だとは思われないでしょう。
ただし「粘着シートに空き巣が張り付いて捕まった」というのはニュースバリューがとても高い珍事です。ひみつ道具の存在がバレないまでも、無駄な注目を集めてしまいます。
世の中が変わるほど大勢の空き巣を捕まえる力はドロボウホイホイにはありません。
ドラえもんの生まれた22世紀の未来なら、現代では考えられないほど超高度な防犯設備が流通していることでしょう。
それなのにドロボウホイホイは肝心の防犯効果が貧弱なばかりか、誤爆・自滅するリスクまであるのは、ドラえもんのひみつ道具は安物だらけだからです。
安物ゆえの欠陥が目立つ奔放さもひみつ道具の魅力のうちだけど、防犯目的となるとそうもいってられません。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、ドロボウホイホイの優先度は星
つです。