むぎわらしんたろう『ドラえもん物語 藤子・F・不二雄先生の背中』感想

当たり前のように『ドラえもん』に夢中になって、当たり前のように『ドラえもん』を卒業したのはいくつの頃だったか。

「大人」と呼ばれる歳になってから、偶然の成り行きで『ドラえもん』の第36巻を手に取ったのは、なんという僥倖(ぎょうこう)だろう。あの(あの!)大傑作「きこりの泉」が収録されている巻だったのだから。

それはもう笑いました。度肝を抜かれました。不覚にも『ドラえもん』の面白さを忘れていたのです。

青年漫画の『SF短編』シリーズがとにかく好きで、藤子・F・不二雄先生がどれだけ傑出した漫画家であるかは重々承知していたつもりだったのに、本丸の『ドラえもん』は「児童漫画は卒業するもの」として見過ごしていました。

そんなこんなで『ドラえもん』熱、ひいては藤子・F・不二雄熱が高まり続け、このブログを立ち上げ、藤子・F・不二雄ミュージアムを訪れ、この『ドラえもん物語 ~藤子・F・不二雄先生の背中~』を手に取った次第です。

バトンを渡す

『ドラえもん物語 ~藤子・F・不二雄先生の背中~』は、藤子・F・不二雄先生の逸話を描いた漫画です。創刊40周年を迎えた『月刊コロコロコミック』の記念作品として掲載されました。単行本化の際に加筆と資料が加えられています。

藤子・F・不二雄先生がコンビ「藤子不二雄」を解消してからの晩年に藤子プロでアシスタントを務めたむぎわらしんたろう先生が作者です。

「晩年」とはいってもコンビを解消した1987年に先生はまだ53歳。逝去されたのは62歳のときでした。その早すぎる死を迎えるまでの10年弱が物語の舞台です。

むぎわら先生自身を主人公として、その視点から藤子・F・不二雄先生のエピソードが語られています。35歳も年が離れていることもあってか、素直な尊敬の念があふれる作風になっていました。

真摯に作品に向き合い、遊び心を忘れず、アシスタントたちの漫画家としての成長をも助力する藤子・F・不二雄先生の姿に引き込まれます。その作風同様に気持ちのいい人物だったことがうかがい知れます。

トレードマークになっていたベレー帽は(すくなくとも晩年は)取材のときだけかぶっていた、つまりある種の演出だったなど、散見する逸話が興味深くてあっという間に読み終わりました。

すぐに読み終えるのは単純にボリュームが少ないせいもあります。漫画が100ページ、資料が11ページです。『ドラえもん』の単行本(約190ページ)よりだいぶ薄い。せめて資料は出し惜しみなくもっと掲載してほしかった。

とはいえ内容の濃さは折り紙付きです。

むぎわら先生のオリジナル漫画原稿に藤子・F・不二雄先生がびっしりアドバイスを書き込んでくれたくだりで胸が熱くなり、大長編『ドラえもん のび太のねじ巻き都市冒険記』の執筆半ばで亡くなったときには涙が出ました。

その『ねじ巻き都市冒険記』の原稿には、自分の意思を藤子プロのスタッフに受け継がせようとするような指針が添えられていました。おそらく余命が幾ばくもないことを悟っていたのでしょう。同封されていた手紙はこう締められてしました。

「藤子プロ作品は藤子本人が書かなくなってからグッと質が上がった」と言われたら嬉しいのですが

『ドラえもん物語 ~藤子・F・不二雄先生の背中~』より

おわりに

優れた作品を創り出した作者が、優れた人物であるとは限りません。「作品と作者は分けて考えるべきか否か問題」は意見が割れて論争になりがちだけど、いずれにしても好きな作品の作者は好きになれるに越したことはないのが人情でしょう。

そういった意味で『ドラえもん物語 ~藤子・F・不二雄先生の背中~』に描かれている藤子・F・不二雄先生は文句なしに素敵な人で、『ドラえもん』ファンとしてはうれしい限りです。

お気に入り度は星4つ。『ドラえもん』ファンはもとより、漫画家を目指す人にも読んでほしい一冊でした。

タイトル:
むぎわらしんたろう『ドラえもん物語 藤子・F・不二雄先生の背中』感想
カテゴリ:
雑記
公開日:
2017年10月31日
更新日:
2017年10月31日

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