もしもドラえもんのひみつ道具があったら――。
そんな空想を基に、当サイトではひみつ道具の一つひとつを記事にしています。この空想は特段変わったものではなく、『ドラえもん』の熱心な読者や視聴者なら、誰しも一度は思い描いたことがあるでしょう。
羽海野チカさんの読み切り短編漫画『星のオペラ』もその一つ。“アンキパン”をキーアイテムとした物語です。
小さなころから繰り返し見る夢。
空いっぱいにアリのような影がうごめく夢。
ボクはその夢を見るたびに胸が締めつけられて涙がこぼれる――。
舞台はこの宇宙のどこかにあるイグルー星。そこに暮らす二足歩行の小柄なクマみたいなイグルー族――まんま『スター・ウォーズ』のイウォークだ――のかわいさとは裏腹に、うら寂しい雰囲気の幕開けです。
それは主人公の男の子がこの星に捨てられた地球人だから。イグルー族に混じって暮らす唯一の他種族として、健気(けなげ)に過ごす日々が描かれます。
この「健気さ」って男の子にモテる女の子のポイントとして語られることも多いけど、逆もまたしかり、男の子の健気さだって魅力となります。真逆の俺様系キャラにさえ、健気な一面を見せる瞬間が用意されてるものです。
羽海野チカさんの漫画でも健気な男の子(それとメガネ男子)は定番です。男女問わず、健気さってある種のセックスアピールなのでしょう。
そんなこんなで『ドラえもん』感がいっさいないまま、いつもの過剰なまでにリリカルで感傷的な羽海野チカ節で『星のオペラ』の物語は紡がれていきます。
「ひみつ道具は?」という渇望が高まった頃合いで、主人公の根底にアンキパンがかかわっていたことが劇的に、そしてさりげなく明かされる構成にやられました。これはうまい!
いわばひみつ道具の後日談だったわけです。映画『猿の惑星』の1作目で「**の**が登場してびっくり!」みたいな。
この真相はアンキパンの「成分をウンコで出すと効果が切れる」という特性と矛盾しているけれど、家族の絆が起こした奇跡ということにしておきましょう。
さてこの『星のオペラ』は、アンソロジー漫画雑誌『COMIC CUE』の「もしも、ドラえもんの“ひみつ道具”があったら?」という素敵な特集のために書き下ろされた漫画です。
特集に沿った読み切り作品で一冊丸ごと構成するという意欲的な漫画雑誌だったようで、残念ながら現在は休刊になっています。なんとか電子書籍化してほしいですね。
『星のオペラ』はのちに『ハチミツとクローバー』(羽海野チカさんの長編デビュー作)の第10巻に収録されました。
『ドラえもん』には数えきれないほど――その総数については複数の説があるほど――のひみつ道具が登場しました。
その一つひとつに『ドラえもん』の物語があり、ひいては『星のオペラ』のような新たな物語をも紡ぐ魅力があります。
この『もしも道具』というサイトを運営している私も、これを読んでいるあなたも、ひみつ道具に魅入られた一人でしょう。
ひみつ道具の魅力は色あせることなく、子供はもちろんのこと、羽海野チカさんや私たち大人になった読者の想像力を今もかき立て続けているのです。