「のんびりしすぎてるんだよ。はっきりいえば、のろまだ!ぐずだ!」(1)
のび太の愚鈍さに業を煮やしたドラえもんはそう啖呵(たんか)を切りました。そのときに、無理やりのび太に押しつけたひみつ道具が“クイックとスロー”です。
(1)てんとう虫コミックス『ドラえもん』第5巻「のろのろ、じたばた」より。
ドラえもんのクイックとスローは、体と思考の速度を変える錠剤です。クイックを飲むと早くなり、スローを飲むと遅くなります。
効果は半日ほどで切れます。もしくは同じ量だけ逆の錠剤を服用すると、中和されて効果がなくなります。
クイックの「思考速度を上げる」という耳当たりの良いうたい文句は、多分に偽りがあるようです。頭の回転が速くなるかと思いきや、やたらと気が急くようになるだけなのです。むしろ、はやる気持ちに頭の回転が追いつかずに頭が混乱します。
例えるならアクセルが踏みっぱなしに固定された車です。速度をコントロールできなければ、ハンドルを切っても思うようには曲がれません。
しいていえば、猪突猛進でも解決できる問題に挑むときなら有用でしょう。クイックの服用で勢いだけは確実に増しますから。
体を動かす速度が上がる点にしても、ただじたばたとするだけで、運動機能の向上は見受けられません。
一方のスローも、服用すると日常生活に支障をきたすほどのノロマになってしまう困りものです。必要となる状況はごく限られているでしょう。あれこれと頭の中がグルグルして寝られないようなときなどは、睡眠導入剤として優秀だと思われます。
クイックは度を越したせっかちになることで、スローは異様なほどノロマになることで、どちらも判断力が著しく低下します。身体的にも動作が過剰になったり、不足したりと良いことなし。服用すると、総じて危険を回避する能力に問題が生じます。
スローを服用すると、心身ともにその名のとおりスローになります。スローを人に飲ませるのは、抵抗力を失わせることにほかなりません。人の自由を奪うことから成る犯罪に使われるのは火を見るより明らかです。
クイックとスローを服用した人は、明らかに異様な行動をとるようになります。その様は違法薬物そのものです。効果が出ている状態で街に出れば通報されかねません。
クイックとスローが登場するエピソード「のろのろ、じたばた」は、オブラートに包んだ表現で違法薬物を描いた物語だといっても過言ではありません。クイックはアッパー系を、スローはダウナー系をカリカチュアライズしたものでしょう。
似たようなものが現存しているのですから、革命性はありません。
これといった有用性もないのに、違法薬物の疑いをかけられるリスクがあるのでは話になりません。ドラえもんからあげると言われても、こちらから願い下げです。
というわけで、もしもドラえもんのひみつ道具を一つもらえるなら、クイックとスローの優先度は星
つです。